初めにお断りしておけば、以下はまったく門外漢の個人的感想です。
ジャン=ポール・サルトル、ベニイ・レヴィ『いまこそ、希望を』、海老坂武訳、光文社古典新訳文庫、2019年
サルトルは晩年、失明し、自身の手による執筆が不可能になった。そこで秘書を務めるベニイ・レヴィイとの対談を通して、共同で「倫理」に関する論考を執筆することを計画していた。本書は、1980年に雑誌に掲載された二人による対談であるが、発表直後にサルトルは亡くなる。結果として、ここに語られた言葉は彼の「遺言」とも呼べるものになった。
あくまで私の理解した範囲で、サルトルの言っていること(の一部)を要約してみれば、おおよそ以下のようになる。
人間は、その定義において共同で生きる存在であり、そうである以上、そこには「倫理」があり(「倫理なるものが本当に他者との関係における人間たちの生き方に過ぎなくなる瞬間を、見いだすということ」(118頁))、そして「友愛」がなければならない。
社会というものを、政治よりもいっそう根本的な人間相互の絆から生ずるものとみなすなら、そのときは、人々は友愛(兄弟愛)関係というある種の根本的な関係を持っているに違いないし、持ちうるし、持っている、とわたしは考える。
しかるに、問題は、我々は、まだその定義にふさわしい「人間」になってはいないということにある(「われわれは、人間として共に生きることを求め、人間になることを求めているのだ」(45頁))。とはいえ、人間性は、いまだ人間以前である我々の内に萌芽として存在している。だから「友愛」を、「倫理」を、言葉によって明らかにしなければならず、その先に「希望」があるはずだ(この対談は「希望」についての話から始まり、「希望」を語って閉じられる)。本当は、もっと具体的な政治の話、あるいはユダヤ人について色々と語られているのだけれど、そうした部分は手に余るので割愛。
こうしてみると、サルトルとマルクスの思想はある一点で共通していると言えるかもしれない。つまり「革命」を実現させるためには、人間性そのものが変革されなければいけない、と考える点において。そして、そのいかにも実現不可能な事象の実現を未来に託すというポジティブな姿勢において。
ところで、私の敬愛するフロベール―モーパッサン系統(お好みであれば、ショーペンハウアーの名を加えてもよい)においては、人間は「永遠に愚かで、永遠に悲惨」である、という考えが根本認識にある。そうである以上、未来における変革などは考えられないだろう。このような見方は確かに身も蓋もないけれど、それによって、人生を生きてゆく上での一つの支えのようなものは得られる(腹をくくるとでも言いましょうか)、と私は思ってきたし、今も思っている。そうではあるけれど、しかしまあ、それで元気が出るかと言われれば、そこのところは、なんとも言いがたい。
つまるところ、現状のままでは駄目だという認識において、あるいはマルクス―サルトル系統(は、どこに続くのか?)も、根本的なところでは同じと言えるのかもしれないけれど、何はともあれ、読んでいて元気が出るのは、明らかにマルクス(類的人間)、サルトル(全体的人間)の側であるに違いない。そこに、孤独を好む文学者と、社会に目を向ける活動家との、根本的な姿勢の相違のようなものを感じずにはいられない。
私には、サルトルの晩年の思想が、哲学史において、あるいは今日において、どのような価値を持つのか判定できないし、そうしようとする気もさらさらない。ただ、未来が混沌として不透明で(いつの時代もそうであるに違いないけれど)、希望を持つことが難しいと思われる、この21世紀初頭の日本において、75歳にして最後まで「希望」を語ろうとしつづけたサルトルの姿勢には、なんだか眩いものを感じてしまう。
正直に言えば、それは現実から切り離された老人の妄想の類ではなかったかと、思わないわけではない。それでもしかし、一世を風靡した哲学者が、最後に残した「希望」の言葉を切り捨てて、退けてしまうことには、少なくともためらいを覚える。
そして、そのためらいの内に、自分がまだ希望を捨てていないことを知らされるように思うのだ。
Vianney ヴィアネのアルバム『君へのラヴソング』より、"Veronica"「ヴェロニカ」。
Parmi ceux qui crient
Qui t'embrassent
Et t'acclament
Il y a celui qui
Rêvasse et qui s'acharne
Dans tes duos, ce gars
Je veux que ce soit moi...
Veronica
("Veronica")
声をあげて
君にキスを送って
喝采する奴らには
こんなのもいる
夢見てる奴、妄想する奴
君とデュエットしてる、あいつ
ぼくがあいつだったらいいのに……
ヴェロニカ
(「ヴェロニカ」翻訳:丸山有美)