えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

『あしながおじさん』/シャルル・アズナヴール「世界の果てに」

『あしながおじさん』表紙
 「ガイブン最初の1冊」を探すなかで読んだ本の記録。

 ジーン・ウェブスターあしながおじさん』、岩本正恵訳、新潮文庫、2017年

 これは大学生ジェルーシャ・アボットの自立へ向けた成長の過程が、彼女の書簡によって描かれていく物語だ。ジェル―シャの姿は瑞々しく生彩に富んでおり、真っすぐに生きる彼女はけなげで愛おしい。そこに、この本が長く読まれている理由があるだろう。

 しかし、結果として、彼女は最後まで「あしながおじさん」の完全な保護の下に留まり、そこに、帯に言う「奇跡のように幸せな結末」が成り立っている。そのことに、私は困惑(あるいは苛立ち)を覚えずにはいられなかった。

 原著刊行は1912年、著者は名門のヴァッサー大学(当時はもちろん女子大)卒業後、フリーランスのライターとして生業を立てたというから、当時のアメリカにあっては十分に「進んだ」女性であったのだろう。その彼女が生み出したのが、この「あしながおじさん」の物語であったということ、そのことをどのように評価するべきなのか、今の私ははっきりと断定できないでいる。

 また、この物語は21世紀の現代にあっては、そのイデオロギーにおいてすでに古びてしまったのではないか、というのが個人的な感想なのだけれども、果たしてその意見の正当性はどれほどのものだろうか。それはしょせん、30代半ばのジャービーよりもすでに年を経た、しかも男性である私の価値観がどこにあるかを示しているに過ぎないだろうか。

 改めて考える時、私は「自立」とか「独立」といった観念が自分にとって相当に重要な意義を持っており、自身のアイデンティティに深くかかわっていることを認めないわけにはいかない。私の「あしながおじさん」に対する反発は、偏にその点にかかっていると言っていい。そんな私が想像する、現代版にリライトされた『あしながおじさん』にあっては、ジェル―シャは「あしながおじさん」に決然と別れを告げて立ち去ることだろう。そうであってほしいと、心から思う。

 だが、しかし。「自立」や「独立」を尊ぶという意識も、考えてみればそれ自体、「個人主義」という現代の趨勢たるイデオロギーに依っているに過ぎないのかもしれない。と同時に、自分の価値観を捨てきれない私は、この本の「読者」としての資格を持ちえていないのだろうか、という疑念も拭いきれない。

 おじさま、だれにとっても一番必要な資質は、想像力だとわたしは思います。想像力があるからこそ、人はほかの人の立場になって考えることができます。想像力があるからこそ、人は親切な心と思いやりと理解を示すことができます。想像力は、子ども時代に培われるべきです。けれどもジョン・グリアー孤児院は、想像力がほんの少しでも表れると、即座に踏みつぶしました。義務を果たすことだけが、奨励される資質でした。わたしは子どもが義務という言葉の意味を知るべきだとは思いません。ほんとうに嫌な忌わしい言葉です。子どもはなにをするにも、愛が基本にあるべきです。(131-132頁) 

 いかにもジェル―シャの言う通りだ。100年以上前のアメリカの一人の女子大学生(彼女には身寄りがいない)の「立場」になって考えること、そのことの本当の意味での「難しさ」について、今も考え続けている。

 

 ヴァネッサ・パラディのカヴァーで知った曲。Charles Aznavour シャルル・アズナヴールの "Emmenez-moi" 「世界の果てに」(1967年)。北国の港で働く男が南国を夢見る歌。INAのアルシーヴより、1972年の映像。腕の動きがなんとも言いがたい味わいを生んでいる。

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Emmenez-moi

Au bout de la terre

Emmenez-moi

Au pays des merveilles

II me semble que la misère

Serait moins pénible au soleil

("Emmenez-moi")

 

連れて行ってくれ

地の果てまで

連れて行ってくれ

素晴らしい国へ

太陽の下では、惨めさも

まだましなように思えるんだ

(「世界の果てに」)

『自負と偏見』/ミレーヌ・ファルメール「モンキー・ミー」

『自負と偏見』表紙

 ジェイン・オースティン自負と偏見』、小山太一訳、新潮文庫、2014年

 以前から読みたいと思っていた本を読む。初読。原作が匿名で刊行されたのは1813年。

 オースティンがどれほど上手かも(冒頭のベネット夫妻の会話から、人物が鮮やかに立ち上がってくる見事さよ)、彼女のどこに限界があるのかも(その世界はいかにも狭く限定的だ)、いまさらのように言い立てる必要を認めない。それでもここに一言残しておきたいのは、長らく19世紀フランス文学ばかりに目を向けていた者にとっては、本当にこれが同時代の話なのだろうかと驚くぐらいに新鮮だったからだ。

 驚くことはいろいろあるが、とりあえず一点だけに絞るなら、ここでは結婚における当事者の意志が十分に尊重されている、ということが挙げられる。

 19世紀までのフランスの中上流社会にあっては、結婚とは完全に家と家の結びつきの問題だったらから、縁談をまとめるのは親であり、そこでは身分(家柄)と財産(持参金)が何よりも重要だった。娘は修道院の寄宿学校で大事に育てられ、16、17歳くらいで年の離れた男性と結婚させられるので、恋愛の入り込む余地もない。女性は結婚して初めて一人前と認められるのであり、子どもの一人も出来た後から、社交界の場で初めて恋愛に目覚めることになる。そこに、年上の既婚夫人と独身青年との恋愛が生まれる下地があった。というのが、スタンダール赤と黒』、バルザック谷間の百合』、フロベール感情教育』などを通して、我々が「そうであった」と教えられる19世紀のフランス社会のイメージだ。

 しかるにその同じ時代に、彼の地において、当の若い女性であるエリザベスは、決して家柄がよくなく財産も乏しい家庭の娘でありながら、意に沿わない相手からのプロポーズをあっさり退け、身分も財産もはるかに格上の男性ミスター・ダーシーとの結婚を、当事者同士の意志一つで決めてしまう。唯一の障害は、二人の結婚を認めないという、ダーシーの親戚にあたるレディ・キャサリンの介入であるが、エリザベスはまったくひるむこともなく、相手の批判を受け付けない。

「どうしても甥と結婚するというのね?」

「そんなことは申し上げておりません。わたしはただ、自分の幸せは自分で選ぼうと決心しているだけです。あなたにも誰にも、気がねするつもりはありません。関係のない人たちなんですから」(563頁) 

  この二人の対決部分が本作のクライマックスであり、エリザベスの毅然とした態度は実にすがすがしく拍手を送りたくなる。しかしそれにしても二つの国の間では結婚に到る過程がずいぶん違うものではないか。ああ、レナール夫人、モルソフ夫人にアルヌー夫人よ、あなた方はイギリスに生まれるべきだったとさぞ後悔していることだろう……。

 と、思わず感慨に浸ってしまうが、はたして本当のところ、この差は何を意味しているのだろうか? 確かに『自負と偏見』においても、身分と財産が結婚にあって重要なファクターであることには変わりはない。しかしながら、19世紀初頭のイギリスとフランスの家族制度においては、家父長の権威のあり方に一定の相違が見られたのだろうか? だとすればその理由はどこにあるのか?

 思いつきの仮説① フランスほどに中央集権体制が進まなかったイギリス社会においては、家父長の権威はフランスほど絶対的なものではなかった?

 思いつきの仮説② ここに描かれているのは作者オースティンの、そうであってほしい理想の世界であり、現実の社会とはいささかずれている?

 そもそも、ミセス・ベネットと5人の娘を前にミスター・ベネットは家長としての存在感に欠けるし、エリザベスの結婚を阻止しようとするのが一人レディ・キャサリンという女性であることからして、『自負と偏見』の世界においては明らかに男性の権威が薄い。とことん紳士のダーシーやビングリーにやはり男性性が乏しいように見える点からして、そこにオースティン個人の性向が表れていることは確かなように思われる。

 だがそういうことを言うなら、翻ってスタンダールバルザックフロベールはなんといっても男性作家であり、彼らの描いた世界は根本的に男性の視点によって見られた社会の姿ではないか、という疑念も生まれてくる。結果として偏ったイメージが広く流布することになったという面も否定できないだろう。だとすれば、真実はいったいどのあたりにあるのだろうか……。

 とりあえずここまで。そもそも『自負と偏見』一冊だけで答えの出るような話ではなく、また、以上はまったく素人の感想に過ぎないことをお断りしておきたい。そのうえで、同時代の英仏の互いに近いところ、遠いところに、これから気長に目を向けていきたいと思う。

 いや、小説は小説なのだ。芸術はすべてまやかしである。フロベールの世界も、すべての大作家の作品と同じく、それみずからの論理と約束事と、偶然の一致をもった空想の世界にはちがいないのである。

ウラジミール・ナボコフナボコフの文学講義』、野島秀勝訳、河出文庫、上巻、2013年、345頁)

 

 しつこくMylène Farmer ミレーヌ・ファルメール。2012年のアルバム Monkey Me『モンキー・ミー』のタイトル曲。ほとんど翻訳不可能かと。

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C’est un autre moi

C’est Monkey Me

C’est Monkey Me

L’animal

 

C’est bien ici-bas

Je manque ici

Je manque ici

De facéties

 

C’est un autre moi

C’est Monkey Me

C’est Monkey Me

L’animal

 

Je connais ces pas

Un Monkey Moi

Je suis Monkey... Me

("Monkey Me")

 

そこに

もう一人の私

それがモンキー・ミー

それがモンキー・ミー

アニマル

 

そこに

まさしくこの地上で

私には欠いている

私には欠いている

冗談が

 

そこに

もう一人の私

それがモンキー・ミー

それがモンキー・ミー

アニマル

 

そこで

私はその足跡を知っている

一匹のモンキー、私

私はモンキー、ミー

(「モンキー・ミー」)

『ブヴァールとペキュシェ』/ミレーヌ・ファルメール「悪魔のような私の天使」

『ブヴァールとペキュシェ』表紙

ギュスターヴ・フローベールブヴァールとペキュシェ』、菅谷憲興訳、作品社、2019年

 マラルメは「世界は一冊の書物に書かれるために存在している」と述べた。そのことの意味は、この世界に「意味」をあらしめるのはただ人間の言葉だけであるということだ。人間がいなければ、そして言葉が存在しなければ、世界を意義づけることはできない。言い換えれば、世界を「記述」することこそが人間にとって至上の使命であり、その使命を我が身に担う者が、真に「詩人」の名に値する者なのである。

 大言壮語? いかにもそうだろう。誇大妄想? もちろん、そいう見方もある。だが、我々が人間としてせっせと言葉を吐き続ける生き物である限りにおいて、このマラルメの言葉の内には常に幾ばくかの真実があり、それが我々を魅了し続けるというのもまた事実ではないだろうか。

 『ブヴァールとペキュシェ』について考える時、私にはこのマラルメの言葉が思い出され、フロベールマラルメという二人の作家がどこかで繋がっているように思えてならない。1,500冊を超えるを書物を渉猟した果てに、フロベールはこの一冊の本の中に人類の「知」を丸ごと詰め込もうとした。いわば「人間」を総決算するために。

 マラルメは詩人として実現不可能な「夢」を思い描き、現実にはそのわずかな断片を提示するだけでよしとしたが、小説家であるフロベールは「書物」の実現に正面から挑み、苦闘の末に力尽きて斃れた。マラルメはあくまで理想を語り、「書物」という一大プロジェクトに詩人たちが総動員で取り組んでいるという物語を美しく語った。フロベールは自分の世界を皮肉と諷刺で塗りこめることで、人間の愚かさと哀れさを嘲笑しつつも、幾ばくかの苦い同情を禁じ得なかった。

 いずれにしてもこの二人の作家は言葉によって人間は何をなしうるかという問いに挑んだのであり、その彼らの挑戦によって、我々の実存の可能性は幾らかなりと押し広げられることになったのだと言えるだろう。

 極論すれば、フロベールは『ブヴァールとペキュシェ』を書くために生まれてきたのであり、彼の人生はこの一冊の書物の実現を目指す長い道のりだった。そのように言いたくなるくらいに、この作品はフロベールの「本質」とも言うべきものを表しているように思える。描写の美しさであれば『ボヴァリー夫人』こそが宝庫であり、構成の精緻さという点では『感情教育』に勝るものはないだろう。だが、『ブヴァールとペキュシェ』には作者の血肉化した信念とでも呼ぶべきものが脈打っている。だから読むたびに、ここにこそ真の作者が息づいているという思いに打たれるのである。

  実はこのたび、『図書新聞』第3427号(2019年12月14日)に本書の書評を掲載して頂いた。せっかくなので、その内の1段落を引用しておきます。

 この小説を読んでいると、十九世紀が「知」に取り憑かれた時代であったことをつくづく思い知らされる。自然科学や人文科学が各方面に発展して多くの発明・発見がなされ、無数の専門書が著され、大規模な百科事典が編纂される一方、一般大衆は新聞や啓蒙書を通して貪欲に知識を吸収した。ブヴァールとペキュシェは進歩と発展に魅了された人類の象徴だと言えよう。しかしあらゆる試みに失敗する彼らは諷刺画なのであって、そこにフローベールの苦いアイロニーがたっぷり盛られているのも疑いない。いかに科学が進展しても、理論と実践は食い違い、偶然の作用は避けがたく、あまつさえ理論同士が矛盾しあうのであれば、どうして真理を手にすることができるだろうか。好奇心に駆られてさ迷いながら決して真実の泉には到達できない、そんな「人間」の戯画たる中年男たちの悪戦苦闘はなんとも滑稽であり、本作は抱腹必至の喜劇という一面を備えている。と同時に、刊行から百四十年近くを経て、現代人はフローベールの諷刺から逃れられたのかといえば、なかなかそうとも言い難い。ブヴァールとペキュシェは永遠に我々のグロテスクな写し絵であるのかもしれず、だとすればおちおち笑ってばかりもいられない。

  「19世紀レアリスムの大家が遺した問題作」が、新訳により多くの人に読まれることを願いつつ。

 

 Mylène Farmer ミレーヌ・ファルメール、前回のライヴは2013年のタイムレス・ツアー。その時のクリップ。"Diabolique mon ange"「悪魔のような私の天使」は、2010年のアルバム Bleu noir 『ブルー・ブラック』所収。訳してはみるが、正直、よく分かりません。

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Flik flak

Diabolique est mon ange

Tic tac

Plus rien ne nous dérange

La claque

Bien contre lui et tangue

Tic tac

On s’est aimé à s’y méprendre

 

Flik flak

Diabolique est mon ange

Tic tac

Plus rien ne me dérange

La claque

Suis contre lui et tangue

Et là

S’agenouiller et puis s’éprendre…

("Diablique mon ange")

 

フリック フラック

私の天使は悪魔のよう

ティク タク

もう何も私たちを邪魔しない

平手打ち

彼に反して 体が揺れる

ティク タク

愛しあって 騙された

 

フリック フラック

私の天使は悪魔のよう

ティク タク

もう何も私を邪魔しない

平手打ち

彼に反して 体が揺れる

そこで

膝をつき、そして好きになる……

(「悪魔のような私の天使」)

『カルメン/タマンゴ』/ミレーヌ・ファルメール「私は崩れる」

『カルメン/タマンゴ』表紙

 メリメ『カルメン/タマンゴ』、工藤庸子訳、光文社古典新訳文庫、2019年

カルメン』については昔にも何か書いたことがあるなあ、と思い出して読み返すと、2010年の記事だった。

カルメン - えとるた日記

 『カルメン』は自由の象徴だという読みはまあ常識的なものだと思うが、しかしまあロマンチックなことを書いていたものだと気恥ずかしくもある。

 それはともかく、この9年の間に日本で大きく変わったことが確かにあり、それはドメスティック・ヴァイオレンスについての認識の普及だ。率直に言って、今回の再読で私が思ったことの第一は、ドン・ホセは今なら「ストーカー」と認定されるに違いないということである。

 ドン・ホセはカルメンに一目ぼれしたが最後、彼女のために身を持ち崩し、殺人を犯し、密輸人から果ては盗賊へと身を落とす。カルメンはホセを自らのロム(夫)と認めはするが、何より自由を大事にし束縛を拒む彼女であってみれば、自分がホセだけのものになることを受け入れられるはずはないのである。

- Je t'en prie, lui dis-je, sois raisonnable. Ecoute-moi ! tout le passé est oublié. Pourtant, tu le sais, c'est toi qui m'as perdu ; c'est pour toi que je suis devenu un voleur et un meurtrier. Carmen ! ma Carmen ! laisse-moi te sauver et me sauver avec toi.

(Mérimée, Carmen, Livre de poche, 1996, p. 138.)

 

「お願いだ」と、私は彼女に言いました。「道理を分かってくれ。俺の言うことを聞いてくれ! 過去のことは全部忘れる。だがな、おい、お前が俺を破滅させたんだぞ。お前のために俺は泥棒になり、殺人まで犯したんだ。カルメン! 俺のカルメン! 俺にお前を助けさせてくれ。そして、お前と一緒に俺を助けさせてくれ」(拙訳)

 ホセにとって、カルメンは自分のすべてを犠牲にした存在であり、その彼女を失うことは、自己を失うことにも等しい。だから彼にはカルメンを手放すことができない。もし彼女が言うことを聞かないなら、彼女を殺すしかない。それがホセの側の論理であるが、その論理がこの21世紀に一般的に受け入れられるとは言えないだろう。ホセが「俺のカルメン」と所有形容詞をつけてその名を呼び、「俺にお前を助けさせてくれ」と言うところに、カルメンを自分の所有物と見なす思考がはっきりと表れているが、現代においてその見方はあまりに身勝手で独善的なものだと映るのではないか。

 だとすれば、現代人の目にカルメンはどう映るのか? 「魔性すぎる女」? いや、カルメンを「ファム・ファタル(宿命の女)」といった文学史的用語で語るのは、もはや時代錯誤と言うべきではないか、と今の私は思うのだ。

 カルメンは自分の人生を誰に指図されるでもなく自分で決める女性である。今の私たちは「ただそれだけである」と言うべきかもしれない。メリメの時代には彼女のような存在は特殊かつ例外的であり、恐らくは作者自身でさえ、そのような女性の生き方を完全に肯定してはいなかっただろう。作家はあくまで自由を尊ぶ放浪の民、ジプシーの象徴としてカルメンを造形しており、その限りで彼女はいわば民俗学的好奇心と観察の対象であった。『カルメン』は徹頭徹尾「ジプシー論」として書かれており、そのことはカルメンの死、そしてドン・ホセの最後の台詞、

罪があるのはカーレ〔ジプシーの男女〕の連中です。あんなふうに、女を育ててしまったのですから。(工藤庸子訳、172頁)

 の直後に、第4章のジプシー概論が連続していることに明らかではないか。カルメンカルメンたるゆえんは彼女がジプシーであることに求められるのであり、だからこそ語り手はそのジプシーとはいかなる者かを、語らずにいられないのである。

 ドン・ホセが今や現代のストーカーに過ぎないとすれば、カルメンもまた独立独歩する数多の現代女性の一人なのではないか。『カルメン』はもはやエキゾチスムあふれる「異邦の女」についてのファンタジーではなく、我々にとってごく身近で、それゆえに一層に切実な物語になったのではないか。 作者の個人的思想が古びた後に残ったのは、いわば原型としての男女関係の一つの普遍的な様態ではないか。

 以上が、9年ぶりの再読で私の考えたことのあらましだ。

 最後になるが、上記のホセの台詞にはあえて拙訳を付した。以下に改めて翻訳を引用する。

「お願いだ」と私は言いました、「理屈をわかってくれ。おれの話を聞いてくれ! おきてしまったことは全部水に流す。だけどなあ、わかっているだろ、おれの一生を台なしにしたのはおまえなんだ。おまえのために、おれは泥棒になり、人殺しもやった。カルメン! 私のカルメン! あんたの命を助けさせてくれ、あんたといっしょに私の身も救えるようにしてくれ」 

(工藤庸子訳、170頁)

 細部をつかまえて揚げ足を取るような真似はしたくないのだけれど、この決定的な場面でホセが「私のカルメン」というのは、私にはどうしても納得できかねるし、「あんた」という言葉はもう死語ではないだろうか。その点だけが、ごく個人的に、今回の新訳で惜しまれることだった。

 

 Mylène Farmer ミレーヌ・ファルメールが2019年に行ったライヴのクリップ。曲は2010年のアルバム Bleu noir『ブルー・ブラック』所収の "M'effondre"「私は崩れる」。すべてを放擲してでも観に行くべきだったのだと後悔しつつ。

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Je... fais tout un peu

Rien… n’est comme je veux

Me dissous un peu

Me divise en deux

Mais là

 

M’effondre

M’effondre

 

Tout vole en éclat

Mes sens et puis mon choix

Pas d’existence

Mais vivre ma transparence

Mais là

 

M’effondre

M’effondre

M’effondre

M’effondre

 

Jusque là tout va

Jusque là tout va bien

(M'effondre)

 

私は……すべてを少しだけする

何も……思うようにいかない

少しだけ溶ける

二つに分裂する

でもそこで

 

私は崩れる

私は崩れる

 

すべては飛び散る

私の感覚、私の選択

存在はない

でも私の透明を生きる

でもそこで

 

私は崩れる

私は崩れる

私は崩れる

私は崩れる

 

ここまではすべて順調

ここまではすべてが順調

(「私は崩れる」)

学習のツボ/「羊飼いの娘がいました」

「羊飼いの娘がいました」挿絵

 ご縁あって、

第27回 大人も使える「子どもの歌」(1)(中級) | 仏検のAPEF/公益財団法人フランス語教育振興協会

第28回 大人も使える「子どもの歌」(2)(中級) | 仏検のAPEF/公益財団法人フランス語教育振興協会

を書かせていただく。タイトル通り「子どもの歌」は大人の外国語学習にも有効ですよという内容の記事。少しでも誰かのお役に立てば嬉しいです。

(上の絵はそこでも紹介した Chansons de France pour les petits Français 『小さなフランス人のためのフランスの歌』より。Source Gallica.bnf.fr / BnF

 ところで、その原稿の最後に、「一見無害な「子どもの歌」の背後に、大人の世界が透けて見えることもあるでしょう」と記した。

 実際、そういう話はいろいろあるわけで、たとえば「澄んだ泉へ」"A la claire fontaine" の「バラの花束」(あるいは「バラのつぼみ」)とは何の象徴か、とか、「月明かりの下で」"Au clair de la lune" の3・4番の歌詞はなんだか怪しい、とかはとても有名なものである。

 あるいはまた、一見無害どころか、そもそもどう見てもひどいのではないかと思われる歌もある。「羊飼いの娘がいました」"Il était une bergère" などはその筆頭に挙がるだろう。

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 はなはだ無粋ではあるが、繰り返しを省略して、意味だけを訳出するとこうなる。

Il était une bergère
Qui gardait ses moutons
Elle fit un fromage
Du lait de ses moutons
Le chat qui la regarde
D'un petit air fripon
Si tu y mets la patte
Tu auras du bâton
Il n'y mit pas la patte
Il y mit le menton
La bergère en colère
Tua son p'tit chaton
Elle fut à confesse
Pour demander pardon
Mon père je m'accuse
D'avoir tué mon chaton
Ma fille pour pénitence
Nous nous embrasserons
La peine étant si douce
Nous recommencerons

(Il était une bergère)

 

羊飼いの娘がいました

羊を見張っていました

彼女はチーズを作りました

羊のミルクで作りました

あんたが脚を出したら

杖でぶったたくからね

彼女を見ていた猫は

いたずらっ子な様子で

脚は出さなかったけど

顎を出しました

羊飼いの娘は怒って

子猫を殺しました

彼女は神父のところへ行き

許しを乞い願いました

神父さま、罪を認めます

子猫を殺してしまいました

わが娘よ、改悛のために

キスしあいましょう

改悛っていいものね

もう一度繰り返しましょう

(「羊飼いの娘がいました」)

  ずいぶん無茶苦茶な歌詞だ。猫を殺しちゃうのもひどいが、最後の落ちにもけっこう驚かされる。子どもの世界はフリーダムだということなのか。

 動画に付されたコメントを見ると、フランス人の大人も怒ったりしているのである。

 ところが、話はそれだけで終わらない。そこでもちゃんとコメントしている人がいるけれども、フランス語の辞書を引くと "laisser aller le chat au fromage"「猫をチーズの方へ行かせる」という表現は、古くは「(女が男に)体を許す」という意味だったと書いてあるではありませんか。

 なるほど、ふむふむ。すると一体何がどうなるのだろうか?

 というような話は、さすがあちらに記すのもはばかられたので、ここにこっそり(なのかしら)記してみた次第です。

『ニュクスの角灯』第6巻/セルジュ・ゲンズブール「枯葉によせて」

『ニュクスの角灯』第6巻表紙

 高浜寛『ニュクスの角灯』第6巻、リイド社、2019年

 この『ニュクスの角灯(ランタン)』は、明治11年1878年に始まる。舞台は長崎。骨董屋「蛮」に奉公に出た美世は、パリ万博で西洋の品を買い付けて帰国した青年、百年と出会う。美世は商売の基礎を学びながら、きらびやかな品々に触れることで、海の向こうの異国の世界に思いを馳せるようになる……。

 という感じで物語は始まっていくのだけれど、モモこと百年が、今度は日本の品をパリに売りに行くと決めるところから、話は長崎とパリとで同時に進行してゆくようになる。モモには実は若い時に分かれた恋人ジュディットがいて、今では彼女は高級娼婦、そして結核に侵されている、という辺りはいささか『椿姫』的でもある。

 それはともかく、4巻において、モモと友人のヴィクトワールは西洋で売れる新しい商品はないかと考え、浮世絵に目をつける。では誰がそれを買ってくれるか、という時に名前が挙がるのが、なんと、と言うべきか、当然、と言うべきか分からないが、とにかくエドモン・ド・ゴンクールなのだ。そこで彼らはゴンクールに出会うべく、「ロンビギュ劇場」で『居酒屋』の初日に狙いを定めるのである!

(1879年)一月十八日 土曜日

 『居酒屋』の初日。

 作品に共感し、やたらに拍手する観客のなかで、陰にこもった反感はおもてに出てこようとしない。歳月は何と世代を変化させてしまったことだろう。弟のことを思って寂しくなってしまったので、廊下ででくわしたラフォンテーヌに、思わず、「これは『アンリエット・マレシャル』の時の観客とは違うねえ」といわないではいられなかった。あらゆることが受け入れられ、喝采され、そしてただ、最終場面で、おそるおそるの気の弱い口笛が二、三回あった。それだけが、圧倒的な熱狂のなかでの唯一の抗議であった。

 ゾラの取巻き連中の打ち明けたところでは、滑稽な箇所をいくつかビュスナックまかせにしたほかは、ゾラ自身が全部脚本を書いたそうだ。してみれば、彼こそがまさしくこの芝居の作者だ。そしてまたもや演劇上の革命を試みようとはしなかったらしい。というのは、――労働者の環境そのものはすでにこれまで何度も芝居になっているのだから、勘定に加えないとして――脚本はタンプル大通りの古めかしいトリックや長広舌、センチメンタルなきまり文句で出来上がっているからだ。

(『ゴンクールの日記』(下)、斎藤一郎編訳、岩波文庫、2010年、93-94頁)

 漫画と直接は関係ない引用がつい長くなった。つまりこの1879年1月18日のアンビギュ座が漫画の舞台となり、そこにゴンクールが登場してくるのである。

 いやもう、ただ単にそのことに感動したというだけの話なのではある。そして5巻の末尾で、モモたちは、オートイユのゴンクール宅を訪問する。そこで待ち受けるのは、「こちら右からアニエス ギュスターヴ アルフォンス」(208頁)で、なんとフロベールとドーデまでがゴンクールと一緒に浮世絵を見て大喜びをするのである(アニエスが誰なのか分からない。誰だろう)。引き続き6巻にも場面は続き、春画の説明に感心したりしている。

  うーん、夢とは麗しいものだ。フロベールもドーデも恐らく浮世絵にさほど関心はなかっただろう、などということはもちろん言うも野暮な話で、この三人が仲良く講釈に聞き入っている場面はなんとも微笑ましい。

 とまあ、ごく私的な感慨はともかくとして、『ニュクスの角灯』は、このたび6巻で綺麗に完結。物語をきっちりまとめあげる、作者の技量には実に堂々としたものがある。

 思わぬところで出くわしたベル・エポックのパリの情景に、すっかり夢見心地にさせてもらいました。

 

 秋の歌の王道中の王道。セルジュ・ゲンズブール Serge Gainsbourg の「枯葉によせて」"La Chanson de Prévert" (1962)。RTSのアルシーヴ、1962年の映像。

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Et chaque fois les feuilles mortes

Te rappellent à mon souvenir

Jour après jour

Les amours mortes

N'en finissent pas de mourir

("La Chanson de Prévert")

 

そして枯葉がいつも僕の記憶に

君を蘇らせる

来る日も来る日も

過ぎ去った恋が

死に絶えてしまうことはない

(「枯葉によせて」)

BD『年上のひと』/クリストフ・マエ「秋」

『年上のひと』表紙

 バスティアン・ヴィヴェス『年上のひと』、原正人訳、リイド社、2019年

BD『ポリーナ』/ザジ「愛の前に」 - えとるた日記

にも書いたけれど、この人はとにかく絵が上手い。デッサン力が不動の安定感を保っており、省略を利かせた描写はとても洗練されている。また、彼のカット割りはとても映画的だ。

 『年上のひと』の主人公はアントワーヌ、13歳、三歳下の弟がいる。家族は夏のヴァカンスに別荘にやって来るが、そこで、16歳の少女エレーヌと一週間、一緒に過ごすことになる。二人は次第に仲良くなってゆき、その過程で年上のエレーヌは、飲酒や夜遊びにはじまり、性的な事柄にいたるまで、アントワーヌを青年の世界に導いていく……。

 これはいわゆる、一夏の甘くも苦い初恋の物語。いやもう、十代でこんなのを読んだら悶絶してただろうなあ、と、そいういうお話であった。ごく個人的には、『ポリーナ』で世界がぐっと広がったのに比べると、やや物足りなく思うところがないでもない。しかしながら、語りの技術とセンスの良さには一層磨きがかかったかのようで、まったく惚れ惚れするような出来栄えだと思う。ここには、リアリティとファンタスムの絶妙にして強固な結合があり、そのあまりの自然さにすべてを説得されてしまう。

 バスティアン・ヴィヴェス、まったく怖い物なしの才能だ。

 

 秋の歌をもう一曲。クリストフ・マエ Chrsitophe Maé の「秋」"L'Automne"は、アルバム『幸福がほしい』 Je veux du bonheur (2013) に収録。動画はないので音声のみ。

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Quand vient la saison de l'automne

Tout me rappelle que je l'aime encore

Alors je laisse mon amour à l'automne

Et dans ses dentelles tous mes remords

("L'Automne")

 

秋という季節がやって来る時

すべてが思い出させる 僕がまだ彼女を愛していることを

それで 僕は自分の恋を秋に置き去りにする

そして そのレースの中に 僕の後悔のすべてを

(「秋」)