えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

『大学教授のように小説を読む方法』/-M-「セラピー」

トーマス・C・フォスター『大学教授のように小説を読む方法 増補新版』、矢倉尚子訳、白水社、2019年 恥ずかしながらこの本の存在をずっと知らずにいた。仏文だからというのは言い訳にもなるまい。ま、そんなことはどうでもよく、この本はたいへん面白く読…

ドレフュス事件を思い出す/セルジュ・ゲンズブール「Sea, sex and sun」

上に立つ者が不正を行い、それを隠蔽しようとすることで下の者が犠牲を被る。そうしたことが今の世の中に起こっているというのなら、仏文学者たるもの、そういう話はよく知っていると言わなければならない。ドレフュス事件のことだ。 軍人アルフレッド・ドレ…

『フランス文学小事典 増補版』/-M-「大きな馬鹿なガキ」

フランス文学小事典 増補版 | 語学 | 朝日出版社 岩根久他編『フランス文学小事典 増補版』、朝日出版社、2020 年 が刊行されたのでご報告。めでたいことだ。初版は赤い表紙だったのが、涼しい青色に変更されている。 本書は、2007 年に刊行されたものの増補…

『赤と黒』について今思うこと

スタンダール『赤と黒』、小林正訳、新潮文庫、上下巻、1957-58年(上巻、2017年104刷、下巻、2019年88刷) 今、「『赤と黒』は本当に傑作なんですか?」と聞かれたら、どう答えよう。 ひとつ言えることは、スタンダールは職業作家ではなかったということだ…

『郵便配達は二度ベルを鳴らす』/-M-「スーパーシェリ」

これも「読んだ」という記録に。 ジェームズ・M・ケイン『郵便配達は二度ベルを鳴らす』、田口俊樹訳、新潮文庫、2014年 原作発表は1934年。道路沿いの安食堂に飛び込んだ青年フランク(語り手)は、ギリシャ人の店主に店で働かないかと声をかけられる。フ…

『情事の終り』/クリストフ・マエ「魅了されて」

読んだという記録のために。 グレアム・グリーン『情事の終り』、上岡伸雄訳、新潮文庫、2015年 この本とジッドの『狭き門』はまだ読まれているようだけれど、そのことは私には不思議に思える。『情事の終り』は決して分かりやすい話ではないように見えるだ…

『文学入門』/クリストフ・マエ「キャスティング」

推薦書リストの話の続き。 最近、巷の書店で出会って、おおまだ現役だったのかと驚いた本。 桑原武夫『文学入門』、岩波新書、1950年1刷(63年31刷改版、2016年87刷) 「文学は人生に必要である」と堂々と述べるその言葉がなんとも眩しい。1950年にはまだテ…

『教養のためのブックガイド』/クリストフ・マエ「人々」

以前より、推薦図書リストのようなものを探しているわけだが、そうした類のものが難しいのは、そもそもからして多分に教育的意図をもったものである上に、ややもすると威圧的なものになってしまうという理由があるように思われる。 『教養のためのブックガイ…

『危機に立つ東大』/ガエル・ファイユ「僕は旅立つ」

タイトルを見て最初は「石井先生がそんな本書いちゃだめー」と思ったが、ファンなので黙って購読。 石井洋二郎『危機に立つ東大 ――入試制度改革をめぐる葛藤と迷走』、ちくま新書、2020年 実際に読んでみれば、もちろんこれは時流に乗った浅薄な煽り本などで…

『林檎の樹』

ゴールズワージー『林檎の樹』、法村里絵訳、新潮文庫、2018年 大学を卒業した5月、徒歩旅行に出かけたフランク・アシャーストは、足を痛めて歩けなくなり、近くの農場に泊めてもらうが、そこで出会った娘ミーガンに恋に落ちる。二人は真夜中、花咲く林檎の…

『あしながおじさん』/シャルル・アズナヴール「世界の果てに」

「ガイブン最初の1冊」を探すなかで読んだ本の記録。 ジーン・ウェブスター『あしながおじさん』、岩本正恵訳、新潮文庫、2017年 これは大学生ジェルーシャ・アボットの自立へ向けた成長の過程が、彼女の書簡によって描かれていく物語だ。ジェル―シャの姿は…

『自負と偏見』/ミレーヌ・ファルメール「モンキー・ミー」

ジェイン・オースティン『自負と偏見』、小山太一訳、新潮文庫、2014年 以前から読みたいと思っていた本を読む。初読。原作が匿名で刊行されたのは1813年。 オースティンがどれほど上手かも(冒頭のベネット夫妻の会話から、人物が鮮やかに立ち上がってくる…

『ブヴァールとペキュシェ』/ミレーヌ・ファルメール「悪魔のような私の天使」

ギュスターヴ・フローベール『ブヴァールとペキュシェ』、菅谷憲興訳、作品社、2019年 マラルメは「世界は一冊の書物に書かれるために存在している」と述べた。そのことの意味は、この世界に「意味」をあらしめるのはただ人間の言葉だけであるということだ。…

『カルメン/タマンゴ』/ミレーヌ・ファルメール「私は崩れる」

メリメ『カルメン/タマンゴ』、工藤庸子訳、光文社古典新訳文庫、2019年 『カルメン』については昔にも何か書いたことがあるなあ、と思い出して読み返すと、2010年の記事だった。 カルメン - えとるた日記 『カルメン』は自由の象徴だという読みはまあ常識…

学習のツボ/「羊飼いの娘がいました」

ご縁あって、 第27回 大人も使える「子どもの歌」(1)(中級) | 仏検のAPEF/公益財団法人フランス語教育振興協会 第28回 大人も使える「子どもの歌」(2)(中級) | 仏検のAPEF/公益財団法人フランス語教育振興協会 を書かせていただく。タイトル通り「子ど…

『ニュクスの角灯』第6巻/セルジュ・ゲンズブール「枯葉によせて」

高浜寛『ニュクスの角灯』第6巻、リイド社、2019年 この『ニュクスの角灯(ランタン)』は、明治11年1878年に始まる。舞台は長崎。骨董屋「蛮」に奉公に出た美世は、パリ万博で西洋の品を買い付けて帰国した青年、百年と出会う。美世は商売の基礎を学びなが…

BD『年上のひと』/クリストフ・マエ「秋」

バスティアン・ヴィヴェス『年上のひと』、原正人訳、リイド社、2019年 BD『ポリーナ』/ザジ「愛の前に」 - えとるた日記 にも書いたけれど、この人はとにかく絵が上手い。デッサン力が不動の安定感を保っており、省略を利かせた描写はとても洗練されている…

『アニメーション、折りにふれて』/テテ「秋がやってきたから」

ミッシェル・オスロの話の続き。 高畑勲に私がもっとも感謝していることは、ミッシェル・オスロの作品を日本へ紹介してくれたことだ。 高畑勲『アニメーション、折りにふれて』、岩波現代文庫、2019年 に収録されている「『キリクの魔女』の世界を語る」とい…

『ディリリとパリの時間旅行』

『ディリリとパリの時間旅行』、ミッシェル・オスロ監督、2018年 待望のオスロ監督の新作を映画館にて鑑賞、感無量。 時は1900年、万国博覧会の「人間動物園」に出演していた、ニューカレドニアからやってきたカナカ族の少女ディリリは、なんと故国で(当時…

『くまのアーネストおじさんとセレスティーヌ』/バルバラ「褐色の髪の女性」

『くまのアーネストおじさんとセレスティーヌ』、バンジャマン・レネール、ステファン・オビエ&ヴァンサン・パタール監督、2012年 これについては以前からぜひ一言記しておきたかった。 「くまのアーネストおじさん」は、ガブリエル・バンサンによる絵本の…

『シェリ』/バルバラ「ゲッティンゲン」

コレット『シェリ』、河野万里子訳、光文社古典新訳文庫、2019年 私は個人的にはコレットにも『シェリ』にもなんの関心もないのだけれど、そういう人間の言うことだからぜひ信じていただきたいと思う。 コレットは本物だ。骨の髄からの小説家だ。『シェリ』…

『ラ・フォンテーヌ寓話』/バルバラ「マリエンバード」

『ラ・フォンテーヌ寓話』、ブーテ・ド・モンヴェル絵、大澤千加訳、洋洋社、2016年 『イソップ寓話』というのなら、日本人の大半はよく知っている。昔から、子どもたちに人生の教訓をわかりやすく教えるという目的で、絵本や小学生用教科書に使われてきたか…

『千霊一霊物語』/バルバラ「我が麗しき恋物語」

アレクサンドル・デュマ『千霊一霊物語』、前山悠訳、光文社古典新訳文庫、2019年 刊行は1849年。舞台は1831年、語り手(デュマ自身)は、妻を殺したばかりだと打ち明ける男に遭遇、市長らと一緒に現場検証に出かけるが、そこでその男は、殺した妻の生首がし…

『哲学する子どもたち』/ヴァネッサ・パラディ「キエフ」

毎年、6月はバカロレアのシーズンで、今年はどんな問題が出たかとニュースになるが、その時に、ふと読みだしたら止まらずに、一気に読んでしまったのが、 中島さおり『哲学する子どもたち バカロレアの国フランスの教育事情』、河出書房新社、2016年 だった…

『ドルジェル伯の舞踏会』/ヴァネッサ・パラディ「その単純な言葉」

二十歳の貴族の青年フランソワは、ドルジェル伯爵夫妻に気に入られ、足繁く出かけて行っては二人と時間を過ごす。彼は妻のマオに恋しているが、しかし夫のアンヌのことも好きであり、嫉妬の感情などを抱いたりはしない。彼はいわば現状に満足しているのだが…

『ノートル=ダム・ド・パリ』/ミレーヌ・ファルメール「涙」

ユゴー『ノートル=ダム・ド・パリ』(上下)、辻昶・松下和則訳、岩波文庫、2016年 は、なんとも長い小説だ。1482年1月6日、「らんちき祭り」の日に、パリ裁判所で聖史劇が行われる、というところから始まるのだが、まずこの裁判所の場面(第1編)がやたら…

『フランスの歌いつがれる子ども歌』/「みどりのネズミ」

書店で偶然出会った本。 石澤小枝子、高岡厚子、竹田順子『フランスの歌いつがれる子ども歌』、大阪大学出版会、2018年 タイトル通り、フランス語の子どもの歌の、楽譜、歌詞(仏日)、それに解説をセットにして、全40曲で構成されている。ブーテ・ド・モン…

『いまこそ、希望を』/ヴィアネ「ヴェロニカ」

初めにお断りしておけば、以下はまったく門外漢の個人的感想です。 ジャン=ポール・サルトル、ベニイ・レヴィ『いまこそ、希望を』、海老坂武訳、光文社古典新訳文庫、2019年 サルトルは晩年、失明し、自身の手による執筆が不可能になった。そこで秘書を務…

『ソヴィエト旅行記』/ヴィアネ「大きらい」

こんな本まで出るとは、いったい今はいつなんだろう、という不思議な気分を抱きながら本書を手に取った。 ジッド『ソヴィエト旅行記』、國分俊宏訳、光文社古典新訳文庫、2019年 1936年、66歳になるジッドは2ヶ月かけてソヴィエトを旅行し、帰国後に『旅行記…

鹿島茂選「フランス文学の古典名作20冊」/ZAZ「小娘」

フランス文学入門者向けの作品リスト、のようなものを作りたい、としばらく前から思いつつもまだ果たせないでいる。理由はいろいろある。あくまで王道を行くなら古いところを中心にして、あっという間に20も30も書名が上がるが、それでは今時の入門向けとし…