えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

コペーの評論

モーパッサンをさぼってずいぶんになるのが心苦しい。
代わりに最近学校で見つけた本の話。
François Coppée, Chroniques artistiques, dramatiques et littéraires, édition établie par Yann Mortelette, Presses de l'Université de Paris-Sorbonne, 2003.
いやー、こんな本出てたのねー、とちと感動する。
フランソワ・コペーは高踏派詩人として出発するも、
庶民の生活なんかを歌って民衆詩人として、当時は大いに受けたけど
コンサバ兼ナショナリスト兼アンチ・ドレフュスという点が
致命傷となって、ほぼ完璧に忘却されちまった詩人。そんな
彼の新聞時評文のアンソロジーでござる。
裏表紙の解説にいわく、彼はピエール・ルイスアルベール・サマン
発見し、エミール・ヴェルハーレン、フランシス・ジャム、ポール・フォール
のデビューを勇気づけ、ゾラのアカデミー入りを支持し、アンリ・ベックの
『烏の群れ』、ヴィリエ・ド・リラダンの『新世界』の失敗に抗議し、
フロベールの『ブヴァールとペキュシェ』を最初に推薦し、
バルベー・ドールヴィイーとユイスマンスの親しい友人で、
この二人を新しい視点から紹介した。のだそうである。
これはなかなか立派な見識というものだろう。
こういう人をすっぽり見落としてしまうような一般の文学史の記述というのは
だから要するに穴だらけだ、ということなのである。多分。
歴史というのは後世の人がセレクトして作り上げる一個の物語みたいなもんだ。
それが間違っているのではない。ただ時にはパズルの欠けたピースに目を
配るのは、それはそれで大変面白いもんだ、ということ。
そういうところに目を向ける人は貴重だな、ということ。
で、たとえばぱっと目に入ったのは、
コペーは若い頃からブールジェと仲がよく、それから貧乏なバルベーを
よく家に招いて食事させていたらしく、バルベーとブールジェには
密な交流があった、てなことが書いてある。
コペーとブールジェとバルベーが一本の線でつながるなんて
書いてある文学史の本は絶無だと思う。
へー。と思うだけで、だからどうするのでもないけれど、
へー。と思うのである。へー、とね。