Rose, 1884
ジル・ブラース、1月29日。モーフリニューズ名義。翌年『昼夜物語』所収。
「ボン・ジュルナル」1886年10月31日、「ラ・ヴィ・ポピュレール」1888年1月19日。
「エコー・ド・ラ・スメーヌ」1890年3月23日。フラマリオン版作品集『遺産』1888年にも収録。いろいろある。
冒頭はニースの花合戦の場面。馬車に乗った二人の女性は、やがて疲れてジュアン湾の方へ車を走らせる。
若い女達は重たげな毛皮の下に身体を横たえ、ものうげに眺めていた。漸く一人が言った。
「なにもかもがよく思えるような甘美な夜があるものね。そうじゃなくて、マルゴ?」
相手が答えた。
「そうね、結構だわ。でも私にはいつも何かが欠けているのよ」
―なにがっていうの? 私はすっかり満足しているわ。何も欲しくない。
―いいえ、分かってないのよ。私たちの体を麻痺させる幸福がなんであっても、いつでもそれ以上の何かを求めているものなのよ・・・心のために。」
「いくらかの恋を?」
−そうね」
二人は黙ったまま前を見ていた。それからマルグリットという名の女が囁いた。「それなしには人生は耐えられないようだわ。私は愛されなければ駄目なの。たとえ犬にでも。あんたがどう言おうとも、私たちってみんなそうなのよ、シモーヌ」
(1巻1168-1169ページ)
シモーヌは誰でもいいというわけではないと答える。たとえば自分の御者なんて考えられない。マルゴは
召使に愛されるのは面白いと答える。そして彼女は、自分の身に起こった奇妙な体験を語り始める。
四年前の秋、彼女は新しい侍女を雇った。ライムウェル夫人のもとに10年仕えたという彼女は微妙な英語なまり
のフランス語を話す。彼女は髪を整えるのや裁縫の才能もあり、とりわけ服を着せるのが巧みだった。
マルゴは彼女を重宝に思うが、ある日、門番が警官の訪問を告げる。
入ってきた警官は、逃亡犯がこの家にいると告げる。マルゴは召使の名をみな挙げるが
誰でもなく、残ったのは侍女のローズだけ。夫人は彼女を呼ぶと・・・。
そんな馬鹿なという落ちの付き方ではある。がしかしこの最後は引用しないと妙味が伝わらない。
ローズは女装した徒刑囚ジャン=ニコラ・ルキャペであったことが分かり逮捕されるのだが・・・。
「それでよ、分かるかしら、私の心を占めていたのは、そんな風に弄ばれ、騙され、馬鹿にされたっていう怒りじゃなかったのよ。そんな風にあの男に服を着せられ、脱がされ、扱われ、触られていたっていう恥ずかしさじゃなかったの・・・そうじゃなくて、深い侮辱・・・女としての侮辱だったのよ。分かるでしょう?
−いいえ、よく分からないわ?
−ねえ・・・考えてもみてよ・・・。彼は捕まったのよ・・・強姦で、あの男は・・・ねえ! 私は思ったのよ・・・彼が襲った相手のことを・・・それでそれが・・・私を侮辱して・・・そいうことよ・・・もう分かったでしょう?」
シモーヌ夫人は答えなかった。彼女はまっすぐ前を見て、奇妙な目つきでじっとお仕着せの光る二つのボタンを見つめていた。しばしば女性が浮かべるスフィンクスの微笑を浮かべながら。
(1172ページ)
際どいお話である。ゴドフロワ=デモンビーヌさんはお怒りになっちゃうような作品を選んでしまったけれど、
前回の「ジョゼフ」と類縁の話ということで。これも女性の率直な声の聞こえる作品ではないか、という話だ。
後半はマルゴの独白になっている点も興味深い。対話ではない女性の一人称の語りは、モーパッサンには
相当少ないと思う(今他にすぐに思いつかない)。もちろんその男女の不均衡さは重大な問題だけれども、
ここでもやはり例外はある、ということの方を私としては大事にしたい。もっとも最後のスフィンクスの
一語に男性の語り手が姿を見せているのではある。
ま、問題含みの作品ではあるけれど、好色ジル・ブラース紙上において、モーパッサンは「ここまで書けた」
ということが、時代を鑑みればそれだけでも大したことだったのだと思うのである。