えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

偽作の出所(1)ルネ・メズロワ

さんざん悪戦苦闘した挙句、すでにスティーグミュラーと大西忠雄が調べた結果にようやく辿り着いた
時点で力尽きてしまった偽作の話であるが、遂に一つの発見に至ったのである。
できればちゃんとしたところに発表したいようなものだけれど、とくにあてもないのでここに記しちゃおう。
貴重ですよ。
René Maizeroy, Coups de cœur, Havard, 1889.
これである。
ルネ・メズロワはle baron René-Jean Toussaint (1856-1918)のペンネーム。軍隊を退いた後、
風俗小説を主に執筆し、度々検察に嫌疑をかけられた。他の筆名も使って「ラ・ヴィ・モデルヌ」
「ジル・ブラース」「フィガロ」「シャ・ノワール(黒猫)」などに執筆。モーパッサンとは1880年には
知り合い、モーパッサンは『愛するという病』Le Mal d'aimer (1882)の書評、
『果敢な女達』 Celles qui osent (1883),『偉大なる青』La Grande Bleue (1888)
に序文を寄せている。ベラミのモデルの一人ともいわれる。
以上プレイヤッド1巻1425ページより。
さて、スティーグミュラーはたまたまメズロワの作品集に偽作4編の元となった作品を見つけたというが、
その作品集の名前は挙げてくれていない。が、なんにしろメズロワは「当たり」である以上、ガリカ
掲載の作品を探す価値はあるというものだ。そして実際価値ありだった。
Coups de cœur は「心を打つもの」という意味で、
用例を見てると「とっておき」といった感じかと思うけれど、メズロワ的には「ときめき」というところか。
ちと古いか。とりあえず以下が、目次(括弧内はダンスタン版英訳タイトルと巻数)。

1. Le flagrant délit (In Flagrante Delictu, t. 3)
2. Le Bonheur (Happiness, t. 4)
3. Maman Sterling (Mamma Stirling, t. 1)
4. Les Reliques (The Relics, t. 3)
5. Fausse Alerte (False Alarm, t. 4)
6. L’Allumeur
7. Suite de Divorce (The Sequel to a Divorce, t. 2)
8. Vieille Fille
9. Le Mari
10. Les Mères
11. Le Genêt (The Jennet, t. 4)
12. Lilie Lala (Lilie Lala, t. 1)
13. La sœur du Chef (The Bandmaster’s Sister, t. 4)
14. Les cinq Amies
15. La Lie

思わず笑ってしまったぐらいの大ヒットだ。
結論から言ってしまうと、1,2,3,4,5,7,11,12,13 がモーパッサンの英訳に紛れ込んだ偽作の正体である。
ダンないしダンストンないしダンスタンの版の17巻には英仏タイトルのリストが挙がっているけれども、
ダンという人は「食後叢書」をパクってきただけなので、偽作の原題なんかそもそも知るはずないのである。
だからこの仏題は全然使えない。それが第一の問題。信じられないけれど、仏語から訳しましたよ、と装うためだけの
対照リストであって、分からないのは「ま、こんなんだろ」と適当につけてある。
13の仏題 Lucie とは一体何事か。
加えて、大もとの Whittling が意訳英題をつけていた場合(ないとは言えない)は
ほとんどお手上げ状態だ。残り6編が偽作に紛れ込んでいないとはまだ断言できない。15編中9編も盗んでいたら
全部盗んでいてもよさそうなものだけれど、タイトルを眺めていてもなんとも言えない。
しかしこの9編は原文(ダンスタン)と比較確認のお墨付きである。
というわけで一歩前進。けれどスティーグミュラーが挙げている3と12以外の2編は、まだ出所不明であり、
もちろんガリカもメズロワの作品を全部掲載しているわけではない。
ま、分かったところで今更どうにもならない話ではあるけれど、個人的にはけっこう嬉しいのでした。