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えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

敵あるいはフォー

読書

J・M・クッツェー『敵あるいはフォー』本橋哲也 訳、白水社、1992年。
『マイケル・K』の後がこれということにびっくりする。
これまでも分からないところはいろいろあったけど、今度のは本当によく分からない作品で、
メタフィクション的な仕掛けがうまくいってないんじゃないかという疑問もなくはないけれど、
分からない私には断言もできない。
ロビンソン・クルーソー』の話はうろ覚えであり、『ロクサーナ』を読んだことがない人間に
分からないのは当然なのかもしれない。
主従関係と「自由」の可能性、とか、「物語る」行為と権力の問題とか、
語られない、語られえない物語と沈黙というか、
語ることが不可避的に偽ることであれば真実は沈黙の内にしかないということ、というか
ま、テーマみたいなものを取り上げることはできるにしても、当然のごとく答なんか
なんにもないし、そういうのが主題と呼べるのかどうかも今ひとつ曖昧。
タイトルは Foe であって、フォーは「敵」であり、
ダニエル・フォーなる胡散臭いこと夥しい作家の名前である。ということの含意がまたこれ
一筋縄じゃない。
なんだか分からない作品を人は「問題作」とかいってごまかしたりするものであるが(違うかな)、
なんつうか答のない問題そのもの、みたいな小説でありました。