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えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

忘却の河

日本文学

福永武彦『忘却の河』新潮文庫、2007年(33刷改版)
私には福永に関していろいろと先入見があるのだけれど、
結局のところ二日で読んでしまう。とてもよく出来た小説だ。
引っ掛かりがあったのは「忘却の河」と題される第一章における「実験的」な手法であり、
時系列を無視してアナロジーで結ばれてゆく展開と、過去の自分を「彼」と呼ぶ「私」の語り。
二章以降が普通の三人称過去の記述であり、執筆期間に間があることを鑑みると、
連作によって長編に仕上げるという構想は、一章執筆後のことだったかとも推察されるが、
結局のところこの実験的試みはそこだけが浮いてしまっている感が拭えない。とりわけ「彼」
の使用は客観化(あるいは焦点化の移行)が不十分なので不自然さが際立ってしまっている、と思う。
連作による長編という形式の方は成功していて複層的に「家族」が描かれてゆく様はなかなか見事。
しかしまあ結局のところそういう「新しさ」が、この小説を四十年以上経った今も読ませるものに
しているわけでもないだろう、と思わないでもなく、つまるところは
「愛」という直球ど真ん中の主題への切り込みの深さこそが、この作品の命なんじゃないだろうか。
だとしたらそれは全然新しくなんかなくて古すぎるくらい古い、小説の伝統のど真ん中にこの作品は
あるということだ。実際、そうじゃないかと思う。