えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

道楽者にされた男の請願

Pétition d'un viveur malgré lui, 1882
「ジル・ブラース」1月12日、モーフリニューズ名義。シュミット版初収録。
viveur は古い言葉だそうで、原義「生きる人」が転じて「道楽者」「遊び人」になるあたり、なんとなく
フランスらしさが出ているような、という偏見を抱かせる。

 裁判所長の皆さま、
 裁判官の皆さま、
 陪審員の皆さま、
 私の年齢と白髪とを鑑みまして、問題に公正な目下の私めは、あなた方のご判断、あなた方のご決定の苛立たしいまでの身びいき、この種の盲目的なギャラントリーに対して異議を唱えさせていただきます。それがために、あなた方の裁判所に恋愛事件が持ち出される度に、あなた方はいつでも男性に対して女性びいきのご結論を出されるわけです。
(1巻342ページ)

語り手の言い分の骨子は次の文に読み取れる。

 私は大変内気なので、おそらくは一度もあえて・・・皆様ご承知のことをしたことはありません、もしも女性の方が私に向ってあえてすることがなかったなら。以来、そのことをよく考え、私には分かりました。誘惑され、捕らえられ、占有され、恐ろしい絆でからめとられるのは、十中九まで、男の方なのです。あなた方が意気を挫く誘惑者の方です。彼は獲物であり、女性こそが狩人なのです。
(343ページ)

 そして彼はかつて年上の女性の誘惑する視線に負けて彼女の愛人になったこと。説得にもかかわらず
彼女が自分を愛し、自殺までしかけたこと。遂には夫と子どもも捨てた彼女と一緒に
イタリアで隠棲生活を送る羽目になったこと。そして彼女が亡くなると、自分が彼女を堕落させた
として非難されたことを述べたてる。
パリに住む女性たちをご覧なさい。彼女達はいつでも男性を捕らえようと待ち構え、仮に男が逃げ出すと
容赦なく復讐するのです。と締めくくり、
挨拶の最後の署名が「モーフリニューズ」となっている。


これまた初期モーパッサンのお得意のテーズをコミカルな調子に綴った一編。
裁判所での弁論という体裁をとったやや破格のコントで、
興味深いのは最後の署名がモーフリニューズ=著者になっていることだ。もちろん冒頭の自己の描写は
実際のモーパッサンとは全然異なっているけれども、ここでは「語り手」と「作者」を意図的に
混同させている、といえるのかもしれない。そこにもまたコントとクロニックを近接させる新聞紙上
独特の語り方がある。ノンフィクションとフィクションを混淆させることを、作者は明らかに
楽しんでいる。
恋愛事件で裁判の判決が女性びいきだ、という諷刺は時評文でも扱われていたかと思うけれど、
どこまで本当だったのかはよく分からない。というのは不倫においては女性の側のリスクの方が
圧倒的に大きいというのが「贈り物」で言われていることだったりするから。ま、当然のこと
ケース・バイ・ケースということかもしれない。
ところで妻を迎えに来た夫が、やむなく一人帰ってゆく時に、「私」に向かって、
「お悔やみ申し上げます」というところがなんとも笑える。二人ともに犠牲者同士という
共感を寄せ合っているわけで、この話は後に「ふかなさけ」でもう一度取り上げられることになる。
つまるところ、女性を前にしてとことん冴えない男性を書くのがモーパッサンはなんだか
上手い。身につまされる、というわけじゃござんせんけども、
いやまあ、うまいんである。