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えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

みいら採り猟奇譚

河野多恵子『みいら採り猟奇譚』新潮文庫、2006年(2刷)
主題というならマゾヒスムということになるのだろう。
でもそれだけが書いてあるという以上にずっとたくさん、それ以外のことが書かれている。
戦時とはいえども淡々とした日常の描写が積み重なれてゆく、そのディテールの確かさ
は本当に見事なもので、それと並列的に、断片的な形で夫婦の関係が示されると、
これが知らない間にどんどん進展しているので驚くわけである。異常さにフォーカス
することなく、日常との連続の中に提示すること。しかも筆者の筆は禁欲的なまでに
書かないし、叙述はほとんど迂言的だ。だからその点に関しては、描写に浸るよりも
むしろ推測することが求められているようだ。谷崎とは書き方がぜんぜん違い、
それはつまり物の見方がぜんぜん違うということだろう。でもそのことによって
本当に主題はマゾヒスムと言い切ってしまっていいのだろうか、という疑問が残る。
多分「主題」という問題の立て方が有効ではない小説なのだろう。そういうのは『秘事』
とも共通するかもしれない。生活の全体を俯瞰的に眺めることを作者は必要としており、
異常性はいつでもその一部でしかない。だから、これはすごくまっとうな小説である
のかもしれない。