えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

海辺のカフカ

村上春樹海辺のカフカ』上下、新潮文庫、2007年(22,20刷)
怒涛の勢いで再読終了。私はこの本に「大公トリオ」を教えてもらったので
それだけでもありがたい本。
しかしながら
1 自分がなぜ村上春樹を読むのかいまだに分からない
2 「世界中」の人がなぜ村上春樹を読むのかよく分からない
から論じる気はぜんぜんない。
自分の頭加減を棚に上げて考えると、
3 みんな分かんないから気になって次を読むのでは
という気もしないでもない。当たらずとも遠からずかもしれない。
確かなことには
4 分からないからこそ再読、三読にも耐える本である
ということになる。もちろん「分からない」本はみな再読したくなるかといえば
そういうことにもならないわけで、その辺がたいへん重要なポイントだ。
もっとも『海辺のカフカ』はいろんな要素が収まるべきところに収まって完結した作品ではある。
その意味では分からない要素がそんなにあるわけではないはずだ、と思う。
というかむしろ、骨だけとるならこれはすごく分かりやすい物語であるようにさえ
思えるのだ。
そのことが私にとって余計にことを分からなくするのである。それは要するに
自分にとってこのような物語が必要であるのかどうかがよく分からない
ということであり、
にもかかわらずに読んでしまう自分が分からない、ということだ。
ほんとになんで読むのか、自分のことながらよく分からないのであることよ。