えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

おもむろに2001年

受容史において「翻訳」が重要なファクターであることは言うまでもない。
田山花袋前田晁から矢口達、平野威馬雄あたりまでをおよそ第一世代とするなら、
天佑社版全集はその訳業の集成の観があり、そこにおいて、いわゆる「忌憚なき性慾描写」が
モーパッサンの特色であるという見方が既に定着し、紋切型として以後も流布するに至った
というか、彼等は当然商売も大事だったので、積極的にその方面に売って出た結果、
翻訳者がそう言うのであれば、当然多くの読者もそう思って読んだであろう、
という風に想像されるのである。
おまけにそこには、たいてい凡作の偽作が相当数紛れてもいた。
忌憚なく申し上げれば、明治大正のモーパッサン受容の「媒介者」の皆さんは
いささか軽率すぎたんではなかったろうか。
とまあ思いもするわけである。
それはそうと天佑社版全集は実際のとこ、さらに凄いことになっていて、
私はまだ現物を確認していないのだけれど、毎度の有難いCDロムによると、
たとえば12巻

大正11年1月  *モーパッサン全集12 天佑社 19㎝ 「モーパッサン全集」刊行について2+目次2+440+奥付1+広告32p [妻の告白〔全文削除〕、気違ひ〔全文削除〕、手紙(安成四郎訳)、無駄な美貌、復讐、雨傘、ラ・マルテイヌ〔全文削除〕、車室にて、狼、みなし児、叙勲、つまらぬお芝居、百万法、妻〔全文削除〕(平野威馬雄訳)、幸福、田舎の鹿園、珍事、侯爵、成金、亡霊、元気な友、クリスマスの前夜、セニッシユウの土耳古宦女〔全文削除〕(矢口達訳)、離婚〔全文削除〕、呪われた麺麭〔全文削除〕、(平野威馬雄訳)]
(「翻訳作品年表」、『大正期翻訳文学画像集成 雑誌編 モーパッサン集』、ナダ出版センター、より)

なんと、26編中7編もの作品が「全文削除」の憂き目にあっているのである。
ていうか何なんだ、全文削除って。
つまりは、出版前の検閲で駄目出しされたので、やむなくその作品は丸ごとカットになったということだけど、
それだったら潔く無かったことにするかというと、「検閲された」ということを主張せんがために、
あえて「全文削除」という断りが入っているのだね。反抗的なんである。
「妻の告白」はそもそもこの巻のタイトルになっているんだけど、開けてみたら実は
「全文削除」なのだ。看板に問題があるじゃないか。
ちなみにこの全集は長編と戯曲も収めているので十中八九、ダンスタン版がもとになっていて、
必然的にそこに含まれていた、
偽作「セニッシユウの土耳古宦女」も見事「全文削除」である。こういうのは翻訳点数に
入れていいんでしょうか、どうなんでしょうか。
思想的には大胆な筈の「無駄な美貌」は生き残っていたりする辺りにも検閲のいい加減さが
窺われるような気もするし、じっと眺めていると分かったような分からんような「全文削除」
ではある。しかしまあ、これは現物一見の価値ありというものだろう。宿題にしておきたい。