えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

著作権について独り言

ベルヌ条約の締結は1886年。日本が加盟したのは1899(明治32)年だという。
モーパッサンが亡くなったのは1893年7月だ。


以前から薄々気になっていたのだけれど、日本で翻訳を出した出版社が、
モーパッサンの遺族に著作権料を払った、というようなことはかつてあったのだろうか。
当時死後50年とすると1943年で切れるはずだけど、
戦時加算(1941年12月から52年4月)というのを考慮すると、少なくとも1953年終わりまでは
モーパッサン著作権は(日本では)生きていたことになる(正確に数えるのは面倒なので省略)、
と思うんだけどなんか間違ってるかな。
いずれにせよ、
明治・大正の頃は英訳から好き勝手に訳したり翻案しているので、これはどう考えても
著作権なんて意識になかったに違いなかろう。
戦前にもフランス語からの翻訳は始まっていたけれど、どうなっていたのか全然分からない。
たぶん何も考えてなかったと思うんだけど、そんなこともないんだろうか。
1952年4月から、1年半ばかし残ってた時期は、そう言われてみるとめぼしい翻訳は
出ていないようでもある。
モウパッサン短篇集、大崎正二訳、創人社、世界名作選集、1953年
なんていうのはあるけども。
モーパッサンは生きてる頃、某アメリカ人に対して著作権侵害に腹を立てたことがあるので、
もしも彼が長生きしていると、極東の国で好き放題やらかしてるのを知って激怒することに
なったかもしれない。
というかそれ以前に英米の偽作混じりの作品集を訴えたか。
というか彼が長生きしてればそんな本はそもそも出なかったのか。
もっとも、私は別段以上のことに何ら義憤を感じる謂れもない。
ただどうなってたのかよく分からないので、ふと気になったというだけのこと。


フロベールはもちろんゾラもモーパッサンも死後百年を経ているので、
私が普段著作権のことを気にすることはほとんど無い。
ところで日本では著作権保護期間の延長を巡って議論がある。
私はまったく個人的にはそれによって恩恵を被ることの皆無な以上、賛成する理由はない。
島崎藤村やら萩原朔太郎の作品をブログで好き勝手にだらだら引用するのが憚られる
ようになるのは困るかな、という程度の理由でもってむしろ反対かもしれない。
(憚られる、というだけで実際のとここんな極小ブログが訴えられることなんか
あるものか、という話はそれとして。)
文学作品は公共財産である、という理念がなければそもそも文学研究なんてしていない
にしても、それがいつからそうなるべきなのか、というのはまあ難しい問題だ。
(理念だけで言えば、それは公刊直後からである。著作権とは要するに経済的な
問題である、ということを改めて考える。)
けれども、
外国文学研究者という立場からすると、この問題は若干微妙になる。
もっとも論文書いてる分には「学術引用」の範囲だから、切れてなくても困りはしないと思う。
しかし「星の王子さま」ではないけれど、
現今死後70年のフランスではまだ切れてないけど、50年の日本では好きに翻訳しても構わない
という現状は、やっぱりなんだか落ち着かないものがある。
経済的なことは私の関知するところではなく、もっぱらこれは道義的な問題であり、
フランス人の作家(の遺族)に私が道義的に何かを感じなければいけない
ということもまあ無いかとは思うんだけど、しかしまあ居心地がよくないのは
しょうがない。「星の王子さま」((c)内藤濯)が実際のとこどうなってるのかは
よく知らないけれど、売れるのであれば出版社は平気でやる、ということなのだろう。
もっとも実際のとこそういうケースはそうそう(というかほとんど)存在しない。
ただまあ、そういうのもあって積極的に延長反対というのも、心情的になんとなく
言いにくい、というだけの話であるから、
これはまったくの独り言でしかない。