えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

独歩「糸くず」

国木田独歩の訳も細かく見れば、訳してない箇所もあり、誤訳もある。
フランス語の読みは間違っているかもしれない、と『武蔵野』初版にはちゃんと
但し書きがしてあるのだけれど、Hauchecorne オッシュコルヌがアウシュコルンになっている
ようなのはご愛敬。一つだけ不明なのは、Manneville マンヌヴィルの名が
別に出てくる Ymauville イモーヴィルの名になっていることで、これは
一体なんだろう。
それはともかく、これはなかなか味わいが出ているという意味でよい訳ではなかろうか
と思うのである。もっとも、実際のとこ「いい訳」かどうかというのは、よく分からない
ものではある。
とりわけ好きな一語が、

「何だ古狸!」
(『國木田獨歩全集』、第4巻、学習研究社、1966年、187頁)

である。フランス語原文は、

« Vieux malin, va ! »
(Maupassant, Contes et nouvelles, t. I, Gallimard, Pléiade, 1974, p. 1084.)

であり、英訳「オッド・ナンバー」では(なんて面倒な)、

"You, old rogue, va !"
(Maupassant, The Odd Number, thirteen tales, tr. by Jonathan Sturges, NY, Harper & Brothers, 1889, p. 83.)

である。間投詞がなぜかフランス語のままなのは、どういうニュアンスなのか。
で、これはつまり、

「抜け目ない爺さんだよ、まったく!」
(えとるた)

という感じかと思うのであるが、
「古狸」の見事な訳には、これはもう脱帽というものだ。