えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

タッサールの思い出

届いた本の一冊。そういえばこれもKさんに教えてもらいました。
Souvenirs sur Guy de Maupassant, par François son valet de chambre, Villeurbanne, Editions du Mot Passant, 2007.
オリジナルはPlon, 1911。
文字通り『召使フランソワによるモーパッサンの思い出』という回想録。
François Tassartという人は1883年から、モーパッサンが亡くなるまで、
彼に仕えた、なんつうか「忠僕」と呼ぶにふさわしいような人で、
この回想録が、私生活のモーパッサンについての第一級の資料であることは
間違いない。
ただ日付に関しては誤りが少なからずあり、研究者を困らせてきたのではある。
中身はモーパッサン語録状態で、長文の台詞が(イタリックで)たくさん引用?
されてあるのである。あんまり詳しいのでほんまかいな、と思わせてしまうほどで
なんにせよ引用には注意が必要な文献ではあるが、しかし面白いものである。
家にひっきりなしにお客を呼んで、
時には女性を男装させて他の客を騙して喜んだとか
射撃が好きでフランソワに弾作りさせたりとか、飼ってた猫の名前はPiroli
その子供がPussy(なに考えてんだ)とか、
『オルラ』を書いた時に、みんなは私を狂ってると思うだろうが
なあにあれは想像の産物で、みんなを怖がらせようと思ったのさと言ったとか、
最後には謎の「灰色の女」がひっきりなしに押しかけてきて、ためにご主人
(タッサールは常にモーパッサンをムッシューと呼ぶ)は早く亡くなってしまった
というこれまたいわくつきのエピソードまで、大分忘れちゃったけど、
色々書かれている。
でまあ資料的に貴重なこの本が、Mot Passantなる怪しげな?
出版社から復刻されたというお話。
明治・大正期には抄訳が何度か出たこともあるこの回想録、
完訳が遂に出なかったことは惜しまれることなんだけど、
今さらどこか出してくれるところがないものか。
とか思いもしつつ、これを機に、忘れられて久しいこの書が読まれれば喜ばしく、
私個人も再読したいと思う次第。
前書だけ訳出。

 我が優れた主人の友人達、称賛者を、ありのままの彼の姿を描いたこの幾らかの頁を世に現すことで、喜ばせることができるのではないかと私は考えた。
 偉大な知性の持ち主は皆一致して、モーパッサン氏を文学の大家と公言してきた。私は何者でもないのであるが、長い年月を彼の傍に過ごし、誰よりもよく彼を知っているので、心からの誠意を込めて、あえて幾らかのささやかな思い出を公にすることをしたものである。我が主人をよく知ってもらいたいがために。我が主人は偉大な才能の持ち主だったと認められているが、それ以上であったのであり、それというのも彼は、最高度において善良、廉直にして誠実な人だった。
 フランソワ・タッサール
(p. 5)