えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

もしかしてマゾッホ?

Davide Biale, "Masochism and Philosemitism : The Strange Case of Leopold von Sacher-Masoch", Journal of Contemporary History, vol. 17, no 2, april 1982, p. 305-323.
という論文の313ページに、
"Die Venus von Braniza" という作品の名が挙がっている。
それって、「食後叢書」9巻(ダンスタンでは2巻)の
"The Venus of Braniza" じゃないんでしょうか?
中身はごく短いもので、ユダヤ艶笑譚?とでもいうべきか。
著名なタルムード研究者のユダヤ人の妻が、夫の言葉に影響されて
(「メシアがやって来るのは全てのユダヤ人が貞淑になるか
あるいは全てのユダヤ人が悪徳に染まった時さ」
「あなたは全てのユダヤ人が貞淑になる時が来ると思うの?」ヴィーナスは続けた。
「どうして私がそう信じるだろうね!」
「それじゃあ、全てのユダヤ人が悪に手を染めた時に、メシアは来るのね?」)
夫の留守中に(ユダヤ人救済のために)不倫しました、
というお話である。
研究者の引用する一節。

"God saves for his dearest ones, the Talmudists, those women who no one else would like"
(p. 314)

で、「食後」ではなく、先日発見のThe Works of Guy de Maupassantより
(もちろん、もう一回ダウンロードしたのである。しくしく。)

"so God bestows those women whom other men would not care to have, on the Talmudists."
(The Works of Guy de Maupassant, t. 4, New York, National Library Company, 1909.)

これは、同じものと考えてよろしかろう。
なんと、モーパッサン英訳には、あの(どの)ザッヘル=マゾッホの作品が
少なくとも一編、偽作として紛れ込んでいたのである。


これはすごい。というか面白くないですか?
レオポルド・フォン・ザッヘル=マゾッホは1836-1895年。
もちろん東欧の作家だけれど、70年代頃からフランスに紹介されて
80年代にはパリに滞在して仏語の作品集も出版しているのである。
おお、それは知らなかった。


さてしかし、では原作はどこにあるのか。
上記論文の注29には Neue Ghettogeschichten (Leipzig 1881)
と書いてあるのだけれど、これは
Neue Judengeschichten, 1881 の間違いと思われる。
ではこの『新・ユダヤ人の物語』(でいいのかな)こそが偽作のもとになったのか。
その可能性はある。しかしながら、
仏語作品の英訳作品集に独語から翻訳して偽作を入れる
というのは、幾らなんでも手が込んでいるのではなかろうか。
Gallica にはマゾッホの仏訳が何点か挙がっているが、いずれも該当しないよう。
あれこれ見て、徒然に考えるにつけ、
Contes juifs, récits de famille, Quantin, 1888
というのがどうも怪しいように思われてくるのだけれど、今現在
収録作品不明でまだ分からない。ああもどかしいわ。
以上が、ここ数日の経過報告。


モーパッサン偽作に東欧系の作家のものが複数混ざっているのではないか
という問いは、既に50年以上前にスティーグミュラーが問い、私自身も
疑問に思ってきたものである。
しかしどんぴしゃでそれに該当するのがマゾッホとは。
というわけでにわか勉強で
種村季弘、『ザッヘル=マゾッホの世界』、桃源社、1978年
などを読むと、これがまあ相当に面白いのではあるけれど、
目下の問題に関わる証言は見当たらない。
今のところは「ブラニザのヴィーナス」以外に当てはまりそうな作品は
見つからないのだけれど、果たしてこれは大当たりの金脈なのか
どうなのか。
調査結果に、乞うご期待?


最後に一言、
がんばれフリッツ。待ってるぞー。