えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

ダンスタン版の元は

あちこちに書いて散逸して訳分からないけど、
要するに1896年頃、ロンドンで出た「食後叢書」こと
After-Dinner Series 12巻には66編からの偽作がまぎれて
おり、どういうわけだか、1903年にアメリカで出た
W. Dunne なる人物編纂の『モーパッサン全集』17巻にも
この偽作66編がすっかり収まっているのである。
ダン、ないしダンスタンの版は、しかし長編に加え、
『あるパリ人の日曜日』に、劇作に旅行記に詩集まで
収めている以上、オランドルフ版の全集を元にしている
と考えるべきだろう、と思う。詩集や劇作の初版まで
入手していたとは思えず、なかんずく『パリ人の日曜日』は
ランドルフ版が単行本初収録である。
しかし偽作が入っている以上、「食後叢書」をまずは元ネタに
したという事実はこれ、否認してもできるもんじゃありませんぜ。
つうことでダンスタンと食後を対照させると、どうなるか。


ダンスタンの
1巻は食後の3・4巻(+"Un coup d'état")
2巻は、2・9巻
3巻は5・6巻(+"Les Bijoux", "Petit Soldat", "Un fou")
4巻は7・8巻(+"Clair de lune", "La Baronne", "Le Modèle", "Un échec", "Solitude", "Apparition"および4巻の "Imprudence")
5巻は1・12巻(+"Deux amis", "Le Voleur", "Un réveillon")
を、元の順番とはすっかり違う風にシャッフルして並べ替えた
ものであることは、これまず間違いないであろう。
ただし12巻はオランドルフの『行商人』を元にした可能性はある。
6巻は『女の一生』と「ロックの娘」(食後10巻)
7巻は『ベラミ』と「イヴェット」
8巻は『モントリオル』
9巻は『我らの心』他6編
10巻は『ピエールとジャン』他6編
11巻は『死の如く強し』他2編("Duchoux", "Le Père Amabale"は食後10巻)
12巻は『太陽の下』『放浪生活』
13巻は『水の上』『詩集』「昔がたり」および短編 "En famille"
14巻は『家庭の平和』『ミュゾット』他10編で、
ここに6巻の偽作"The Lancer's wife"が何故か混じっている。
その他は、10巻収録1編、11巻収録が7編。
15巻は『あるパリ人の日曜日』他27編。
16巻は37編。内8巻の偽作"Caught"、食後では1,2,3,7,8,10,11巻に該当作あり。
17巻は30編。5巻"Jeroboam"、6巻"Virtue in the ballet"の偽作。他に
食後の1,7,10,11巻に該当作あり。


というのが、とりあえずの結果である。
6巻以降は訳が分からず、これを仏語オリジナルの版と対照させても
やはりぐちゃぐちゃで訳が分からないが、
あるいはオランドルフ版と対照させると、少しは訳が
分かるかもしれない。
実は悪名高きオランドルフ版、各巻のタイトルは初版を踏襲しながら、
中身は結構ぐちゃぐちゃになっている(らしい)のである。
原因は「脂肪の塊」で、モーパッサンは生前『メダンの夕べ』以外に
この作品を収録しなかった。しかし出版社としては
これをタイトルに作品集を編みたい。
そこで、一冊埋めるために短編を他の作品集から取ってきたのが
諸悪の根源。後は玉突き状態で、次々に作品集の中身が入れ替わる
という奇怪な事態が出来してしまったのだ。
まことモーパッサンは編集者運に恵まれない人であった。


というのは余談ではある。
食後11巻に当たるものは、やはり原書『ミロンじいさん』を使用した可能性は
あり、食後10巻を使用したかどうかは、ばらけ具合からして若干微妙だが、
1巻から9巻までをネタ本にしたのはほぼ間違いない。
ただその場合、一応にせよ仏語原作を当たっている可能性はあるので、
そのまんまパクってるかは英語原文の照合の必要があろう。
しかし偽作に関しては原作照合は理論的に不可能なので、
「なんか分かんないけどまあええか」と、そのまま採用してしまったに
違いあるまい、と思われる。
が、それにしても他の巻の構成は手が込んでいる、というか
訳が分からないもので、
一体どうなってんだいこりゃ。
と、やればやるほどどつぼに嵌ってゆくばかりの
偽作探索なのである。


しかしまあ、好意的に考えると、「食後」の Whitling ないし出版者 Mathieson
と Walter Dunne という人物に繋がりがあった、ということなのかもしれない。
「君、ちょっとあの訳使わしてんか」
「別にええよ」
という(だけの)話だったんだろうか。うーむ。
だとしたら、散々盗人呼ばわりして悪かった。
でも、そんなことってあるんだろうか。