えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

偽作の出所(4)メズロワ(2)補遺

とはいえ嬉しいものは嬉しい。
René Maizeroy, La Fête, Ollendorff, 1893 (2e édition)
ネット上に掲載されているこの作品集の短編の内、少なくとも4編が
モーパッサン偽作の正体であることは、既に確認済みなのであり、
ようやくその全貌を明らかにすることができる。
目次掲載。括弧内は「食後叢書」

1. Mariage rouge
2. Le Dernier pas (The last step, t. 6)
3. Le Rouquin
4. L'Hermaphrodite (The hermaphrodite, t. 6)
5. Le Singe
6. La Vraie et l'Autre (The real one and the other, t. 7)
7. Celle qu'on n'achète pas
8. Le Mauvais Mirage (An unfortunate likeness, t. 5)
9. Le Frisson nouveau (The new sensation, t. 5)
10. A l'Ombre
11. Parvenu (The upstart, t. 7)
12. La Fille aux Rouliers (The carter's wench, t. 7)
13. La Dernière Pensée de Tom Clibooth
14. L'Hôtel à tout faire (A useful house, t. 5)
15. A Perpète
16. Le Miracle des Cerises
17. Le Millionnaire
18. Rupture (A rupture, t. 5)
19. La Date rouge
20. La Dame aux Garçonnières
21. Les Batteuses d'hommes
22. La Donneuse de patience
23. Le Voleur (The thief, t. 5)
24. Le Pleureur

ちなみにこの本はカチュール・マンデスへの献辞つきであるが、
A Catulle Mendès Au Maître Féministe et A l'Ami
フェミニストの大家にして友人であるカチュール・マンデスへ」
というのは一体何なのだろう。
それはそうと、
既に確認済みだったのは、6, 8, 9, 11 であり、
スティーグミューラーが見つけたといっていた4編中の残り2編が
4と23であった。
2と12とと14と18が、新たに偽作の元と判明したもので、
計10編が、少なくとも確定である。
例によってまだタイトルで当たりをつけて照合して確認した
だけなので、全然異なった英訳題で収録されているものが
ある可能性は否定できない。
ただ、真作を見る限り、「食後叢書」の題のつけ方は基本的に原作に忠実
のようではある。
するとやっぱり、偽作を収録するに当たっても、ご丁寧にも選別している
ということなのだろうか。そこまでして何故入れる。奇怪だ。
ただスティーグミューラーが見つけたのがこの版であったなら
どうして他のに気づかなかったのか、という疑問は残る。
あるいは別の単行本にも収録されているのか、あるいはアンソロジーの
ようなものの中に見つけたのか、その辺はよく分からない。
なんにせよ、結構な収穫である。めでたい。


メズロワの短編を幾つか読むと、これがまあモーパッサンとはえらい
違うのであり、もっと言うとモーパッサンの見事さが際立って見える。
端的に何が違うかと言えば、それは「描写」の一語に尽きる。
そもそもメズロワには風景描写は皆無だし、人物描写にしても
その外見の特徴を捉えて描くようなことはほとんどない。
描くことよりもはるかに語ることに比重が置かれているのであって、
多くが一人称で語られているように、まさしくサロンで語られるような
ゴシップや小話といった趣であり、中身も相当に軽い。というか
たとえ深刻な話(両性具有である故に生涯苦しみ続けた青年とか)
であっても、基本がゴシップのトーンなので、深刻にならない。
mondain という形容詞は「社交界の」とでも訳すしかないが、
いかにも「ジル・ブラース」受けするようなコントとは
こういうものか、という印象で、要するには通俗的である。
ついでに言うと一文がやたらに長いのがメズロワの文体で、
これがなんとも一本調子なのである。
だがしかし、というかそれ故に、メズロワは当時の人気作家の
一人であり、作品数もやたらに多い。1893年時点、オランドルフ
から出ていたものとして、
Celles qu'on aime, 10e édition
Bébé Million, 10e édition
La Belle, 8e édition
Cas passionnels, 12e édition
Après, avec une préface par René Maizeroy, 10e édition
とまあ結構売れている。ちなみに当時は基本的に1版千部かと思う。
ま、そういうものであろう。
そういうものであり、別にメズロワが悪いわけでもなんでもないんだけど、
(というか彼だって被害者の一人である)
メズロワ混入が英米日のモーパッサン受容に与えた影響は、
モーパッサンの作家イメージ形成の点で相当問題あるもの
だったと言わざるをえない。それがたとえ贔屓目であるにしても、だ。


というかね、なんかおかしいんじゃないかと気づいた人は本当に
一人もいなかったのだろうか。
と、今だから私も好き勝手言えるけれど、
しかし私だって当時であればころりと騙されたのに違いあるまい。
まこと贋作とは恐ろしいものだ。