えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

田園

Aux champs, 1882
「ゴーロワ」、10月31日。1883年『山鴫物語』所収。
1883年10月11日「ヴォルール」、「ラ・ヴィ・ポピュレール」1884年1月10日。
1886年『短編集』Contes choisis 収録。
1891年3月5日「ラントランシジャン・イリュストレ」、
同年6月20日「プチ・ジュルナル」別冊にも掲載。
オクターヴ・ミルボーに献辞。
訳題は全集のもの。「田舎にて」というところだけれど、
無骨なことに変わりなし。
温泉地近くの丘のふもとに並ぶ二軒の農家。それぞれ4人の子供のいる
両家族は、一家族のように共に仕事をし、食事の世話をしていた。
親は子供の名前を間違えるほどに両家は親しかった。
一軒目はチュヴァッシュ家 les Tuvaches。三人娘と一人息子シャルロ。
二軒目はヴァラン家 les Vallin 。一人娘に三人息子。末息子はジャン。
ある8月の午後、馬車でやって来たのはアンリ・デュビエール d'Hubières 夫妻。
二人には子供がなく、妻は二家族の子供を可愛がり、
度々訪れて来るようになる。
そしてある日、デュビエール夫妻はチュヴァッシュ家に、息子のシャルロを養子に
したい旨を申し出る。
遺産相続の権利に加え、家族には月100フランの年金を与えるという提案に、
チュヴァッシュの上さんは子供を売る気はないと怒って二人を追い払う。
夫婦は次にヴァラン家で同じ申し出を行うが・・・。


ということでこれは比較的有名な作品ながら、
しかしまあ残酷なお話である。
チュヴァッシュの奥さんは自分が子供を売らなかったことを誇りに思い、
ヴァラン家の悪口を言いふらすが、それはヴァラン家の生活が楽に
なる一方、自分たちの暮らしは相変わらず厳しいものであるからでもある。
息子シャルロもまた、自分が売られなかったことを誇りに思って暮らして
きたが、成人を迎えたジャンが立派な紳士(金鎖の時計を持った)として
(それはそうなりえた自分の姿でもある)帰って来たのを目にし、
自分を売らなかった両親を非難し、家を飛び出して行く。

 彼はドアを開けた。大声が飛び込んで来た。ヴァラン一家が帰って来た子供と一緒にお祝いをしていたのである。
 シャルロは足を踏み鳴らし、それから両親に向き直ると、叫んだ。
「百姓めが!」
 そして彼は夜の中に消えた。
(1巻、613ページ)

ちなみに台詞は "Manants, va !"。根津憲三訳では「この土百姓め!」
子を思う親の愛情を、子供は自分の不幸の原因とみなさざるを得ない
とは、実に皮肉な運命だけれど、
フォレスチエ先生がもちろん強調するように、悪いのは一体誰なのか
そもそもここに善悪の区別はあるのか、作者は黙して語らない。
二軒並んだよく似た家族、それぞれが別の反応を示したその結果は
というような設定と構成はそれ自体、
寓話的というか虚構色の強いものではある。
けれどここには普通の意味での教訓は存在しない。
(子供なんか売っぱらってしまえ、というのでは教訓にはなるまい。)
作者は途中で子供の数の計算間違いを犯してはいるけれど、
シャルロは一人息子で、ジャンは三人兄弟の末っ子であった、
というのも見逃せない。あえて言えばジャンの方が「売りやすい」
条件ではあったのであり、チュヴァッシュ家とヴァラン家の選択の
違いも、単に欲得ずくだけのものではない、という風に(間接的に)
書かれている。あるいはそれも込みで欲得と打算の様を暴いて
いるといえるかもしれないけれど、この残酷な逆転の結末において、
裏切られるのは打算ではなく愛情の方なのだ。
そしてそれが経済という「現実」に深く結びついているが故に、
説得力を持って読む者の胸に訴えてくるのである(と思う)。
夏目漱石志賀直哉も怒っちゃうような結末であり、
ペシミズムともニヒリズムともいえる作者の思想の現れを見て
とれるにしても、いずれにせよ貪欲な農民の諷刺
という19世紀コント的主題を遥かに突き抜けて、
人生の残酷さを浮き彫りにする末尾は秀逸で力強い。


さてドラマは、この掌編を一時間に引き伸ばしたものである。
チュヴァッシュの奥さんが絶望して河に入って自殺し、
その遺体をさ迷っていたシャルロが発見し、父親
「お前が殺したんだ」と息子を罵る。シャルロは憲兵
に連行され、そこで事の次第を回想として語り出す、
というのが最初にあって、なんと原作にはない語りの枠
(および原作にない展開)を、あえて追加するということを
している点は、原作派には明らかに異論の出るところではある。
一時間にわたってこれでもかと両家の不和とヴァランの奥さんの
心痛とチュヴァッシュの奥さんの怒りと、チュヴァッシュ家の
どん底の生活(シャルロの兄は結核にかかり、家では治療費が出せず、
ヴァランの奥さんの援助の申し出も断り、結果兄は亡くなる、とか)
を描き出して、実に説得力があるのではあるが、しかしまあ全編これ
暗いこと。これは30分でさくっと纏めた方がよかったのではないか
という気もするけれど、よくまあ撮ったもんだと、という意味で
評価してもいいかもしれない。
それにしてもノルマンディー方言を聞き取るのがほんまにむずい。
監督は Olivier Schatzky。