えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

月世界へ行く

ジュール・ヴェルヌ、『月世界へ行く』、江口清 訳、創元SF文庫、2005年(新版)
月に打ち上げた大砲が、軌道が逸れて一周して帰ってくるだけ
といえばだけの筋で(女性が一人も出てこないことも含めて)
まあヴェルヌらしいことである。
そうすることでファンタジーに走らずに空想科学冒険小説の領域にとどまる
ところがドリトル先生とは違うので、当然のごとく
月理学の知識をこれでもかと披露するところに眼目がある。
移動の軌跡と最新知識の包括的記述と物語とは三位一体であり、
行って帰ってくるまでの間にすべては語り尽くされて、物語は
見事にできあがる。いってみれば科学信奉と帝国主義の時代の
申し子みたいな作家ではあるが、それはまあつまり「自然主義
と同時代ということであり、ゾラとヴェルヌはある程度までよく似ている。
もっとも月の裏側には生命が存在するかもしれない
とほのめかすあたり、サービス精神も怠ってはいない。
リアリズムとイマジネーションの見事な調和というものかもしれない。
それにしてもこれが1869年ということは『感情教育』と同年だ
というのはしみじみすごい。