えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

ハリスの証言

ベナムー先生のメルマガ2007年1月と
2月の引用の間には
約1ページ分の省略があって、これは先生の「検閲」
によるものかどうか考える。
ま、全部は長いので(といって私も部分検閲)、
当該個所を引用してみましょう。
(写真は、かえるがどうしてもと言うので撮ってあげました『我が生涯と愛』。)

– Autrefois, je comprends, mais garder cette vigueur jusqu'à trente-cinq ou trente-six ans, voilà qui est prodigieux ! Vous devez être l'amant idéal pour une femme sensuelle, lui dis-je.
– C'est ce qu'il y a de grave, répondit-il, avec calme. Si cette réputation s'étend, malheur à vous ! Toutes les femmes sont prêtes à s'offrir ! Pourtant, il en est qui ne tiennent pas à l'acte même et elles sont plus nombreuses en Angleterre qu'en France, si ce qu'on raconte est excacte. Chez nous, les femmes sont en général normales, mais bien peu sont passionnées. Malgré tout, il y en a, Dieu merci !
 Je méditai longuement sur son cas et bientôt je remarquai qu'il n'éprouvait pas mon admiration pour les jeunes filles, mais seulement pour les femmes parmi lesquelles il ne s'attachait qu'à une ou deux. J'en tirai la conclusion qu'il ménageait ses forces, ce qu'il nia du reste avec énergie.
– La tentation existe pour qu'on y cède. Pourquoi ne refuserais-je ce qui me convient ou ce qui me plaît ? ajouta-t-il.
(Frank Harris, « Souvenirs sur Guy de Maupassant », in Ma vie et mes amours, traduit de l'anglais par Madeleine Vernon et H. D. Davray, Gallimard, 1960, p. 323-324, )

以下私訳(いわゆる重訳だけど)。
「若い頃なら分かりますが、その精力を35、6歳まで保っているなんて凄いものです! あなたは官能的な女にとっては理想的な愛人に違いないですね」と私は彼に言った。
「それが深刻なことなのです」と彼は平静に答えた。「もしもそんな評判が広まったら、それは不幸なことですよ! 女はみんな身を任せる用意ができているんです! もっとも、行為そのものには拘らない者もいますし、噂が正しいなら、そういう女性はフランスよりもイギリスの方に多いようですね。我々のところでは、一般的に女性は普通なものですが、ごく少数の者は情熱的なのです。なんにせよ、そういう女達はいるものですよ、ありがたいことにね!」
 私は長い間、彼の場合について考えていたが、やがて気付いたことには、彼は若い娘達を私のように賛美する気持ちはなく、ただ成熟した女性達に対してだけであって、その内の一人か二人にしか執着していないのだった。それで、彼は自分の精力を節約しているのだと結論づけたのであるが、彼はきっぱりと否定したのであった。
「誘惑が存在する以上、屈しないわけにはいかない。どうしてちょうどよく、好ましいものを拒んだりすることがあるだろうか?」そう彼は付け加えた。
(フランク・ハリス、『我が生涯と愛』)
というのがまあおよその文脈であった。
ハリスの文章はけっこう長く、全体を見れば普通の回想録のようでもある。
この後、モーパッサンはまだ見ぬ理想の女性に常に憧れていて、
遂にその理想の女性に出会ったのであり、彼は最後まで彼女の誘惑を
拒むことができず、衰弱して死んでしまった、と続くのがハリスの
見るところのモーパッサンの姿であった。彼は当時の医学書の記述から
モーパッサンは梅毒なのではないかと疑い、本人にもそれを質してみた
というから、なかなかその観察は馬鹿にできない、かもしれない。
そこで登場するのがマダムXの例の回想録であって、これが詳しく
引用されているので、アメリカ人にまで知れていたらしいが、
今日98パーセントの確率でこれは偽物と判明した。
それからタッサールの憎む「吸血鬼」こと謎の「灰色の女」の話を
引いてくるので、ハリスの論は一応筋が通っているのではある。
この「灰色の女性」はモーパッサンが結婚する気でいたところの
ジョゼフィーヌ・リッツェルマンだろう、というのがベナムー先生の
調査の明らかにするところで、彼女はなるほどユダヤ系ではあったが、
10歳年下の財産ある既婚女性、というハリスの言とは合致しない。
彼の証言によれば1889年に、モーパッサンはその謎の女性の魅惑を
熱烈な言葉で語ったらしいので、83年には既に最初の子の生まれている
ジョゼフィーヌとは、その点でも一致するようには思えない。
しかしこの回想録自体が相当年を経て書かれたものであり、
タッサールの伝記やマダムXの記事を読んだ後に執筆された
のだとすると、果たしてハリスの証言がどこまで信憑性を持って
いるのかということも、問題にしなければならないだろう。
つまるところ、モーパッサンの女性関係はどうなっていたのか
いまだによく分かっていない。確かなのは、色々あった
ということだけであって、従者タッサールの証言にも幾つか
エピソードは出てくるが、「灰色の女性」を含めて、誰が
誰で何があったのか、具体的なことはほとんど不明としか
言いようがない。モーパッサンはそういう人だった。
とりあえずそういうことで報告終わり。この三巻目は
最初にブーランジェ将軍とアンリ・ロシュフォールについて
短い記述があり、モーパッサンの次がロバート・ブラウニングの死、
そしてランドルフチャーチル卿と続いて、世紀末の英仏の一面が
同時に見られるところが面白い。その次に来るのが
「パリでのアヴァンチュール」であって、男のファンタスム丸出し
みたいな自慢話? なるほど明け透けに語ることで評判なハリスの
回想録は、翻訳もちゃんと出ているところが素晴らしいなあと。