えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

テミドール

そういうえば『テミドール』には邦訳がたぶん二種類はあって、
そのうちの一つがこれ。
G・ドークール、『テミドール 私と私の恋人たちとの物語』、長岡修一 訳、鏡浦書房、1961年
「高級不道徳小説」という帯のキャッチコピーがたまりません。
モーパッサンの序文もついている。帯の文句がなかなかよろしい。

ステキな小説です。さすがのモーパッサンも"傑作だ!こんな傑作見たことない"と唸って序詞を書いたほどの逸品です。典雅で不道徳、芸術的で即物的、まさにフランス18世紀文学の粋です。読めば、誰もが恍惚とし、笑いだし、しかもグッとくる典型的な風流小説です。(帯より)

「さすがの」モーパッサン、というところがポイントです。そうですか、グッときますか。
ところでこの翻訳、ポンドはともかく、ルイドルという貨幣単位が出てくるところからして、
おそらく英訳からの重訳であると思われる。にしても、ルイドル?
主題はほとんど何もない、とはモーパッサンの至言であり、この本の中で
テミドールがやることといえば、それはもう一つしかないといってよく、
ほんにまあ次から次にとよくもまあ。
リベルタンという以前に思想がまるでありもはん。宗教の扱いもぞんざい甚だしくて、
これでよく禁書リストに載らんかったものである。
低俗なラクロというか、軽薄なプレヴォーとでも呼ぶか、という感じだけれど
モーパッサンがこれを傑作と呼んだのは、それはそれとしてよく分かるし、
それもまた戦略的な意図を込めたもの言いである、ということも分かる。
なにしろ「古典」がこんなに凄い、というのは検閲を馬鹿にするときの
お決まりの手段だから。それにしても何にしても、
さんざ苦労して修道院から連れ出した(一応)本命の彼女ロゼットは
あっさり別の男と結婚し、当のテミドールもさる「愛らしい若い婦人」と結婚するところ
といって終わる結末には腰もくだける。
うーん、18世紀ってすごいわ。