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えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

プラネタリウムのふたご

日本文学

そういうわけで、いしいしんじを立て続け。
『ぶらんこ乗り』、新潮文庫、2008年(13刷)
『麦ふみクーツェ』、新潮文庫、2005年(2刷)
プラネタリウムのふたご』、講談社文庫、2006年
『ポーの話』、新潮文庫、2008年
『麦ふみ』と『ふたご』と『ポー』ではどれが一番とも言い難い。
キャラクターが際立っているのと、エピソードがどれも粒そろいで、
いずれも大変印象深く、いやあ、いしいしんじはよろしいなあ、と。
こんな小説書ける人になりたかった。
裏表紙にも挙げられている個所だけ引用。

 タットルは微笑した。だまされることは、だいたいにおいて間抜けだ。ただしかし、だまされる才覚がひとにないと、この世はかさっかさの、笑いもなにもない、どんづまりの世界になってしまう。
いしいしんじ、『プラネタリウムのふたご』、講談社文庫、367頁)

プラネタリウムと手品とまぼろしの熊と、いずれも幻のものをめぐって展開する
テンペルとタットルの双子の物語は、しみじみよろしいです。
それはそうとこの言葉、いしいしんじの小説そのものにこそ当てはまるものだけれど、
もっと広くフィクションというものについても言えることであろう。
小説の物語にだまされること、言い換えればその世界を信じることは、
年をとるほどに簡単なことではなくなる、と思う。
そのとき、だまされつづけるということは、確かに一つの才覚ではあるまいか。
はたして今の自分になおそれがあるのかどうか、いしいしんじの物語を読みながら、
自分に問いかけることでありましたとさ。