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えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

ボリス・ヴィアン伝

フランス文学

寝る前本を読了。
フィリップ・ボッジオ、『ボリス・ヴィアン伝』、浜本正文 訳、国書刊行会、2009年
終戦から残りの40年代までだけで、記述は全体の三分の二ぐらいに至ると思うのだけど、
ほんの五年足らずの間に『日々の泡』はじめの小説を書き、ヴァ―ノン・サリヴァン名義の
ロマン・ノワールを出し、ジャズ批評は書くは、トランペット吹きまくるは、
この異常な活動量は、不眠症というだけで説明がつくものだろうか。
「サン=ジェルマン=デ=プレ」の伝説が作られたのも、ほとんど40年代後半の
数年間のことだったのだと改めて知るが、それにしてもこの本に出てくる人物名の多さよ。
まことボリス・ヴィアンはサン=ジェルマンを語る際に、要としてうってつけの人物である
ことも、よく分かる。よく調べたもんだなあ。
ある意味、いかにもという感の強い引用を2か所。
最初のは手帳の中から。文脈はちと不明。

「我々はいつも仮装して生きている。そうであれば、いっそ進んで仮装すればいい。そうすれば、もう仮装ではなくなるのだ」(220頁)

もう一つは、『心臓抜き』がガリマールに拒絶された際の手紙の一節。

「(前略)おかしいじゃないか。ぼくがふざけたことを書くと真面目にとり、真面目なことを書くとふざけているだなんて」(286頁)

なんだか、狼少年みたいでもある。韜晦が板に付きすぎて、
彼が本気なのかふざけてるのか、周りの人にはよく分からなかったのであろうか。
本人は、はたして区別がついていたのかしら、と思いもするが、
表と裏など、そんなはっきり区別のつくものでもないのかもしれない。
「保護された絶対自由主義者」(120頁)ボリス・ヴィアンは、
戦争に行ったわけでもないのに、断固として戦争が嫌いだった。
そこんところが、私は個人的に、彼のすごく好きなところであります。
この翻訳は大変丁寧な、よいお仕事だと思いました。