えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

ワーニャ伯父さん/三人姉妹

チェーホフ、『ワーニャ伯父さん/三人姉妹』、浦雅春 訳、光文社古典新訳文庫、2009年
なんのことはない、ここに出てくる人たちは皆そろって、
「よりよく生きたい」という想いに胸焦がれている、といってよかろう。
今とは違った人生に対する理想と、それとかけ離れた卑俗な現実との懸隔に対する自覚が
程度の差こそあれ、彼らの心を苛んでいる。
チェーホフの世界に彼岸は存在しないので、
(さすがお医者さんのチェーホフの世界は唯物論
その代償に、自分達の存在しない遠く遥か200年、300年後の世への希望が
語られはするのだけれど、それはまるではかない夢物語みたいに聞こえる。


ところで、『三人姉妹』のナターシャは時折フランス語を口にする。
翻訳ならいかようにも処理できるけれど、上演を考えると、これはなかなか
どう表現していいか難しいように思われる。
神西清訳では、フランス語にカタカタ読みでルビをふり、括弧内に訳が書かれている。
さて、この新訳では注に原文が記されているのだけれど、それを見ておっと思う。

Il ne faut pas faire du bruit, la Sophie est dormée déjà. Vous êtes un ours.(295頁)

ここには、私にでも分かる間違いがあって、
Sophie est déjà endormie. とでもなるべきでありましょう。
1 作者自身が間違えた。
2 作者は、ナターシャスノビズムをからかうために、わざと間違ったフランス語を話させている。
ふむ。これはやはり2なんだろうな、と思うのでありますが、
それはまたいっそう訳出を難しくするのお、と。
で、浦雅春訳はこのように。

ソウオン・タテネ。ラ・ソフィー・スデニ・ネトンドル。アナタ・クマ・ミタイブル(同上)

最初、これはいかんのじゃないかと思ったのだけど、
(これでは滑稽さばかりが強調されてしまうように思うから)
しかし、考えるにつけ、これはこれで、なかなかよい方策であるように
思えてもくるのでありました、とさ。
(rの音は、フランス語らしく声帯震わせて発音したいですな。)