えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

小林天眠と天佑社

さて天佑社に関して、Kさんにご教示いただいた本。
真銅正弘 他編、『小林天眠と関西文壇の形成』、和泉書院、2003年
小林天眠(本名政治、1877-1956)は兵庫出身の実業家。
明治30年から33年『よしあし草』、改題して翌年まで『関西文学』に関わり、自身も小説を執筆。
その後、関西青年文学会の有志を募ってお金を積み立てて(これがすごい)、
大正7年に資本金十万円の株式会社天佑社を創立した。
大正12年の「関東大震災で天佑社は瓦解し、書籍十数万冊と本の紙型も全て焼失して、廃業の止むなきに至る」(38頁)までのわずか4年の活動期間ではあった。
孫引きになるけど引用。

 編集委員は、与謝野寛、同晶子、川上賢三、茅野蕭々の慶応派と、中村吉蔵、高須梅渓、西村酔夢の早稲田派とが合議して、原稿の銓衡を行ひ出版する事としてゐたが、どうも話がうまく纏まらぬ勝ちで、野球でない早慶戦が数次行はれた。その時には晶子さんが、裏面から程よく取傚して、兎にも角にも百七十余冊の書物を出版したのであるが、寛氏の言ひ分は、千の駄本を世に送るよりも、ただ一冊のよき書物を後世に遺せばよいではないか、との玉砕主義であつた。
(小林天眠、「三十年前の早慶戦」、『冬柏』、1950年2月、『小林天眠と関西文壇の形成』、49‐50頁に引用。)

というわけで、さすが詩人与謝野鉄幹の頑固ぶりのおかげかどうか、
「質の高さと装丁の美しさで評価される」(38頁)書籍を多数世に出した
その中に、『抱月全集』全8巻とか佐藤春夫『病める薔薇』とか
与謝野晶子『心頭雑草』とか平塚らいてう『婦人と子供の権利』とかがあり、
なかんずくは『モウパッサン全集』全15巻もあったのであった。
田口道昭氏の言うように「早稲田派の企画」(50頁)ということかと思われる。
先日購入したものは箱欠けであるが、なるほど言われてみれば
しっかりした装丁であった(言葉を知らなくて説明できぬ)。


小林天眠は与謝野寛、晶子夫妻に物心両面で援助を惜しまなかったことでも
有名なそうで、ここでおもむろに与謝野晶子を蔵出し(別名ボツった一品)。
さてまあ、パトロンというかなんというか、
実業家になっても文学に対する思いを捨て去らない、
こういう人の存在はやっぱり大事ですなあ、とささやかに敬意を捧げつつ、
Kさんには改めて御礼を。面白かったです。