えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

夜間飛行

『夜間飛行』表紙
 サン=テグジュペリ、『夜間飛行』、二木麻里訳、光文社古典新訳文庫、2010年
 ひとたびサンテックスの手にかかると、労働は、人間が人間であることの存在証明と化し、命がけの責務こそが、人間を崇高な存在たらしめる。ストイシズムに満ちる人物達の姿は、神話のようにまぶしく見える。
 凡百の人間の口から出れば、歯の浮いてしまいそうな言葉が、彼にあってはそうはならないのは、飛行機黎明期のパイロットして、彼自身が生死を懸けた飛行を経験したという、その裏打ちのなせることなのだろうか。
 新潮文庫堀口大学訳は、1993年に改版して、表紙が宮崎駿であり、私も愛着あるものではあるけれども、文庫初版が1956年は、いささか古いのも事実であり、この新訳はとても喜ばしい。心のこもった解説もすばらしい。


 サンテックスには、人間が人間であることに対する揺るぎのない信頼があった。
 不幸は、彼自身が命を落とすことにもなった第二次大戦によって、人間であることが、時に最悪の事態を生み出しうることを、我々は知らされてしまったことにある。
 人間であることの尊厳が乱暴に踏みにじられた後の時代に、それでも人間に対して信頼を寄せることは、はたして可能なのか。
 今、サンテックスを読むことを通して突きつけられるはずの問いとはそういうものではないか、とそんなことを思う。