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えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

笑わせてみる

M. Guy 2

「ゆる度」向上を目指して笑わしてみる。
そんなことばかりしてるわけではないのですけども。
女の一生』だ、と一度は思ってみるものの、
その前に片づけないとだめなことがやはりたくさんあることを認めざるをえず、
これは困ったなあと。


1881年7月―9月、モーパッサンアルジェリアチュニジアへ旅行。
砂漠を駆け巡って真っ黒になって帰ってくる。
フランスに帰って、時評文執筆に戻る中、
10月末より『ジル・ブラース』紙への寄稿開始。モーフリニューズの登場。
数本のクロニックの後、いわゆる短編小説を書きはじめる。
なお、この頃、『女の一生』の執筆再開。
年明けて1882年、
ゴーロワにクロニック、ジルブラに短編の状態がしばらく続く。
5月、ジルブラに掲載した短編を集めて『マドモワゼル・フィフィ』を、ベルギーのキステマエッケルから出版。
ちなみに7月17日、ゴーロワ編集長にアルチュール・メイエール復帰。
その前後より、ゴーロワ紙上にも短編が掲載されるようになり、クロニックの数は激減。
以後、83年一杯まで、クロニック3対短編7ぐらいの勢いで、怒涛の執筆。
1883年4月『女の一生』、『マドモワゼル・フィフィ』新版、ヴィイクトール・アヴァール書店。
6月、短編集『山鴫物語』出版。ルヴェール&ブロン書店。
時評文執筆家として、そして今日知られる形での短編小説家としての
モーパッサンの真の誕生とその発展のこの一年半が、
そう簡単に片づけられるわけもなく、
いやー、モーパッサンの10年の作家経歴は実に密度が濃いなあと。


ところで、本日の発見。
そのまま"Chronique"と題された時評文の初出は、『ゴーロワ』紙、1882年の7月20日ではなく9日です。
ちなみに、フランシスク・サルセーが『マドモワゼル・フィフィ』を評して、
「脂肪の塊」、『メゾン・テリエ』に続いてまたしても娼婦とはやりすぎだ!
と批判したのに対して、作家には主題を選ぶ「絶対的な自由」がある、と反論してる記事。
最初の人が間違ったこと書くと、後の人がみんなそれに従うので困ります。
ちゃんと現物確認してけろ。
それだけ。
では宿題。

 Guy de Maupassant n’a point la phrase lyrique et de synthèse des grands écrivains, mais son style alerte, vigoureux, pittoresque convient parfaitement au genre qu’il a choisi. – Quant à sa philosopjie, je ne me l’imagine pas bien compliquée. Louer la Nature et mépriser les petites individualités qui s’efforcent d’avoir une existence propre en dehors d’elle : à cela se réduit son action comme penseur. Mais quelles belles railleries il sut lancer à notre société démocratique ! J’eusse cependant voulu voir dans ses livres, à côté de ces grotesques qu’il excelle à nous représenter, quelques êtres exceptionnels et complets. Son œuvre manque de héros : qu’un autre décide si c’est un défaut ou une qualité. – Hugues Rebell.
(L'Écho de Paris, supplément illustré, 8 mars 1893.)
 ギ・ド・モーパッサンには、大作家の抒情的で総合的な文章はまったくないが、彼の文体は快活で力強く、精彩に富んでいて、彼が選択したジャンルに完全に適合している。――彼の哲学に関しては、それが複雑なものだとは私には思われない。自然を褒め称え、自然の外で固有の存在を得ようと努力するささやかな個性を軽蔑する。思想家としての彼の活動はその点に還元される。それにしても、我々の民主的社会に対して、なんと見事なからかいを彼は投げつけることができたことか! けれども、私は彼の書物の内に、彼が我々に描いてみせるのに長けていた滑稽な人物の隣に、例外的かつ全的な存在を幾らかでも見たいと望んだだろう。彼の作品には英雄が欠けている。それが欠点なのか特質なのかは、誰か他の者が判断すればいい。――ユーグ・ルベル

Georges Grassal de Choffat, dit Hugues Rebell (1867-1905)
ナントの田舎ブルジョアのぼんぼんが、遺産を相続して稀覯本を買いあさったり、
外国旅行したり、ニーチェにかぶれたり、とデカダンな生活を送るも、
未成年をかどわかした挙句、その親からゆすられて財産を失う。
最後は貧乏なままに亡くなった。ていう紹介でいいですか。問題ありますか。
代表作に『雨と太陽の歌』Les Chants de la pluie et du soleil (1894), 『ニキーナ』La Nichina (1896), 『キャップ=フランセの熱い夜』Les nuits chaudes du Cap Français (1902)等。
『ニキーナ』(モデル小説)には翻訳ある由。田中義広訳、国書刊行会、1985年。
小笠原佳治、「ユーグ・ルベルマラルメの火曜会 I」、『帝塚山大学教養学部紀要』46号、1996年、p. 21-33.
他、ルベル関連の論文ある由。
あとは、67年生まれには、ギマール、ボナール、マリー・キュリー正岡子規がおるそうな。
で戻って彼のモーパッサン評ですが、象徴派寄りの見解の常道というところでしょうか。
おざなりですまぬ。