えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

モーパッサン短編集を編んでみる

29日、ベケットマラルメとジャリの日@六甲。


シャルルさま、お初にお目にかかります(よね?)
嬉しくも悩ましいご質問をどうもありがとうございました。
私自身、前々から自分の「モーパッサン短編集」を編むとしたらどうするか、というのを宿題に抱えていたのですが、これまで答えを出せずにきたのは、なんというか、見識を問われるのが怖い、というような感じで、先延ばしにしてきたところがあります。
ですので、これを幸いな機会として、えいやっと考えてみました。
ちくま文庫モーパッサン短篇集』山田登世子訳を参考に、およそ300頁ならこれぐらいかな、という量を推定しました。
では、これ以上の御託を抜きにお目にかけます。
邦題は便宜上既訳を踏襲し、原作初出を併記します。


えとるた版モーパッサン短編選集案 ver.1.0


1.「メゾン・テリエ」« La Maison Tellier », in La Maison Tellier, 1881
2.「パリの経験」« Une aventure parisienne », Gil Blas, 22 décembre 1881, in Mademoiselle Fifi, 1882.
3.「宝石」« Les Bijoux », Gil Blas, 27 mars 1883, in Clair de lune, 1883.
4.「ミス・ハリエット」« Miss Harriet », Le Gaulois, 9 juillet 1883, in Miss Harriet, 1884.
5.「みれん」« Regret », Le Gaulois, 4 novembre 1883, in Miss Harriet, 1884.
6.「勲章をもらったぞ!」« Décoré ! », Gil Blas, 13 novembre 1883, in Les Sœurs Rondoli, 1884.
7.「父親」« Le Père », Gil Blas, 20 novembre 1883, in Contes du jour et de la nuit, 1885.
8.「ソヴァージュばあさん」« La Mère Sauvage », Le Gaulois, 3 mars 1884, in Miss Harriet, 1884.
9.「トワーヌ」« Toine », Gil Blas, 6 janvier 1885, in Toine, 1886.
10.「車内にて」« En wagon », Gil Blas, 24 mars 1885, in Monsieur Parent, 1886.
11.「ベロムとっつぁんのけだもの」« La Bête à Maît'Belhomme », Gil Blas, 22 septembre 1885, in Monsieur Parent, 1886.
12.「パーリス夫人」« Madame Parisse », Gil Blas, 16 mars 1886, in La Petite Roque, 1886.
13.「クロシェット」« Clochette », Gil Blas, 21 décembre 1886, in Le Horla, 1887.
14.「オルラ(決定稿)」« Le Horla » (version définitive), in Le Horla, 1887.
15.「オリーヴ畑」« Le Champ d'oliviers », Le Figaro, du 19 au 23 février 1890, in L'Inutile Beauté, 1890.
16.「誰ぞ知る?」« Qui sait ? », L'Écho de Paris, 6 avril 1890, in L'Inutile Beauté, 1890.


以上16編。多少なりとバランスを考えつつ、なるべく自分の好みに忠実に選んでみたつもりです。
全国の我こそはモーパッサン通の皆様、どうぞ「それは違うでしょ」と突っ込んでください。


以下、蛇足のコメント。
「水の上」「シモンのパパ」「聖水授与者」等の初期作品は私はとらない。
「脂肪の塊」は、既訳が多いということもあるので措いておくことにすると、
1「メゾン・テリエ」からということになる。
娼婦を扱ったものはもう一編は欲しいところかもしれない。「サ・イラ」か「流れ流れて」か。
2「パリの経験」は『ボヴァリー夫人』を遠くに眺めつつ、憧れと現実との落差を悲喜劇的に描いた佳品。
同題の「めざめ」も捨てがたい作品。
有名な「首飾り」より、やはり私は3「宝石」を取りたい。
「偽りの幸福」も、偽りと知ることがなければ幸福でありえた、のかもしれない。
4「ミス・ハリエット」は孤独な女性の肖像として、ノルマンディーを抒情的に描いたものとして、モーパッサンの代表作の一つに挙げておきたい。
「オルタンス女王」「マドモワゼル・ペルル」「ジュリー・ロマン」等、同題の作品は多い。
過ぎ去った時に対する悔恨を語った5「みれん」。モーパッサンの重要な主題の一つ。
6「勲章をもらったぞ!」はパリ小市民ものの代表として、これを取る。
「家庭」「馬に乗って」「雨傘」等も捨てがたいところだけれども。
親子をテーマにしたものの中で7「父親」を。「パラン氏」のほうが力作だけれども、簡潔なストーリーの中に父性愛の哀しみを描き切るこちらをあえて取ってみた。
8「ソヴァージュばあさん」は普仏戦争を舞台にしたものを一編ということで選択。
「二人の友」「ミロンじいさん」あるいは娼婦を描く「マドモワゼル・フィフィ」「寝台29号」等、どれを選ぶか難しいが、「ソヴァージュばあさん」は母性愛と復讐との結びつきに
説得力があるが故に、残酷さが際立つ。
9「トワーヌ」はノルマンディーものの中から選ぶ。
「酒だる」や「ひも」「悪魔」等、もう少しどぎつい作品をこそ取り上げるべきかもしれないけれど、半身不随のトワーヌが卵を温めて孵すという発想に脱帽。
10「車内にて」は艶笑譚の類の中から。
「オンドリが鳴いたのよ」やもっと際どい「お菓子」なども入れたいところではあるけれど、
からりとした明るさのこの作品を特に好む。
11「ベロムとっつぁんのけだもの」もノルマンディーの滑稽譚。
「ボニファスじいさん犯罪異聞」「ウサギ」になるとこれも艶笑の類になり、そちらの方がモーパッサンらしいイメージがあるかもしれないけれど、耳に蚤が入って大騒ぎのベロムとっつぁんは印象に残る。
12「パーリス夫人」はモーパッサンにたくさんある不倫を主題にしたものの中から。
「11号室」のような笑話、あるいは「ベッドのそばで」「めぐりあい」「あだ花」のように
主題を掘り下げたものこそ取るべきかもしれなく、この選択には迷いあり。
13「クロシェット」あるいは「藁椅子直しの女」など、女性の悲恋を扱ったものもぜひ取り上げておきたい。
14「オルラ」長い方の決定版。
人間の知覚・認識の限界性と理性の不確かさ・脆さはモーパッサンの見る「現代人」の抱える重要な問題だった。「彼か?」「ある狂人の手紙」「恐怖」等、書き継がれてきた作品の集大成にして、それを更に突き抜けたこの問題作は
やはり外せない。
親子間の悲劇を劇的な緊張の内に描く15「オリーヴ畑」を晩年の傑作として。
「あだ花」や「蠅」はちょっと現代向きではない中で、この作品の持つドラマ性は今も色褪せないものがあると思う。
16「誰ぞ知る?」はモーパッサンのほとんど最後の作品である。
家から家具が歩いて逃げだす、という前例のない幻想を語ったこの作品が最後であることは意義深い。
作者の「狂気」と単純に結び付けるのではなく、レアリスト・モーパッサンの到達した地点がここであったということの意味を、この作品を読み返すことで考え直してみたい。


という感じで選んだ16作品。
「二人の友」「雨傘」「酒だる」「ひも」「初雪」「ジュールおじ」等は結果的に外れるものの、すべてモーパッサン自身が短編集に収録した作品(これも結果的に)である等、いささか保守的な選択になった感があるかなあ。