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えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

研究者の翻訳

久しぶりに大きな声出すと、喉が(というか口が)渇くなあ、
と、桜を眺めながら思う日々。


読みかけの本の中に厳しいお言葉があったので、引いておく。

 吉川幸次郎を批判するのは、何といっても、「名訳」を企図しない文学研究者の筆頭的存在と、彼を目してしかるべきだと考えるからである。篠田一士がいう通り、「名訳」への意志の放棄は今日の翻訳一般の趨勢であり、その意志の空転が自己陶酔的な謎語をくりだす結果に終る弊を思えば、この傾向は健康な覚醒と名づけるのにふさわしいだろう。だが、吉川ほどの学識も見識もない研究者が、原文への忠実という名分を後生大事に信奉しながら、安全第一の及び腰で、無味無臭無色の訳語を一つ一つ原文に当てはめて行く退屈な光景を眺める時、なまじいな素面の状態が悪酔いよりも高級だとは、なかなかもって定めかねるのである。
(川村二郎、『翻訳の日本語』、第四章(書籍は池内紀との共著)、中公文庫、2000年、98頁)