えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

筆名の氾濫

La pseudonymie contemporaine (...) a pris en effet, dans ces dernières années, des développements considérables et jusqu'alors inusités. (...) Aujourd'hui la pseudonymie s'est généralisée et étendue à un tel point que les mêmes pseudonymes servent à des écrivains différents, et que les titulaires de ces pseudonymes, presque toujours éphémères, ne paraissent plus y attacher ni importance ni intérêt, attendu qu'ils en ont ainsi un grand nombre de rechange, qu'ils abandonnent ensuite pour en prendre sans cesse de nouveaux. Il est même des écrivains, (...) qui ont usé jusqu'à vingt masques différents sous lesquels il devient très difficile de rechercher et de constater à coup sûr leur personnalité.
Georges D'Heylli, "Avertissement", dans Dictionnaire des pseudonymes, nouvelle édition entièrement refondue et augmentée, Dentu, 1887, p. I-II,
現代の偽名の使用は(略)、実際、ここ数年において今までにないほどに大きく発展した。(略)今日、偽名の使用は一般化し、あまりに広く行き渡ったので、しばしば同じ名前が別の作家に使われたり、ほとんどいつでも短命なこの偽名の使い手が、その名前に重要性も関心も抱いていないほどである。それというのも、彼らには幾らでも代わりの名前があるのだし、一つ捨ててはまた次に新しいのを選ぶという状況だからである。中には(略)二十ものマスクをかぶる作家もいるので、当人を見つけ出し、確実に同定することが実に困難となっている。
(ジョルジュ・デイリー、『偽名事典』、前書き、ドンチュ、1887年、I−II頁)

この本は1868年に初版が出て、翌年に2版が出たが、それから18年後の改定版の前書きに、こんな風に書かれている。
当時の新聞は署名記事が基本であるが、実際、本名だかそうでないのだかよく分からない名前が溢れているのだが、『ジル・ブラース』紙上でモーパッサンが使った「モーフリニューズ」もその一つであるわけだ。

Maufrigneuse. Articles signés de ce nom au Gil Blas par le romancier Guy de Maupassant qui s'est fait si rapidement sa place au premier rang dans la jeune littérature contemporaine.
Ibid., p. 280.
モーフリニューズ この名前で『ジル・ブラース』の記事に署名している小説家ギ・ド・モーパッサンは、実に迅速に、若き世代の現代文学における第一線の地位を占めるに至った。
(同書、280頁)

デイリーの証言の意味するところは何か。
それは、第三共和政下において新聞業界が一層に発展した結果、新聞記者に対する需要が増大するが、それは同時に記者同士の競争の激化と
書き手の「使い捨て」という状況を生むに至った、ということであろう。
新聞に記事を書くのはもはやいっぱしの文士ばかりではなく、情報を集めて回るたくさんの報道記者の存在によってこそ、新聞は成り立つものとなったのである。
うむ。
したがって多くの場合に、「本名を使うまでもない」雑文に筆名が用いられるという状況が生まれ、デイリーにとって嘆かわしい事態に至った。(彼は有象無象は切り捨てて収録していないと明言している。)


1881年10月末に、モーパッサンが「モーフリニューズ」の名で『ジル・ブラース』に登場した時、その背景には恐らくそんな状況があったのだろうと、この本を見ていると想像される。
とりあえず、そんな話でした。