えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

『ジル・ブラース』の標語

リュクサンブール公園のヴェルレーヌ

リュクサンブール公園にはヴェルレーヌの像もある。
実物はやたらに大きいことに驚かされる。
Auguste de Niederhäusern, dit Rodo (1863-1913)作。
1911年に公園に置かれたものの由。これまたすり減ったのか、なんだか可愛らしくなっている。
3人の女性の像が彫られているが、これは何でしょう。
La stèle du jardin du Luxembourg
によれば、
「宗教的魂」âme religieuse, 「官能的魂」âme sensuelle, 「子供の魂」âme d'enfantの三つによって、詩人の精神を表そうとしたものだという。なるほど、さようであったか。
19世紀の人はやたらに像をたてたがったというのは、それなりに興味深い事実である。
ナポレオン以来のロマン主義的英雄崇拝の思潮、というようなものがそこに認められるのだろう。


またしても何の脈絡もないお話。
モーパッサンが短編小説を大量掲載した新聞、
『ジル・ブラース』は、1879年11月19日に創刊。
創刊者はAuguste Dumont (1816-1885)。
この新聞は題辞の下にエピグラムを掲げていた。それを丸写し。

Amuser les gens qui passent, leur plaire aujourd'hui et recommencer le lendemain. - J. JANIN, préface de Gil Blas.
(la devise de Gil Blas)
過ぎゆく人を楽しませ、今日お気に召したら、翌日もまた繰り返す。―J・ジャナン、『ジル・ブラース』序文

後発の『ジル・ブラース』は娯楽性を正面に打ち出すことによって、読者を獲得しようとした、ある意味で変わった新聞だった。
ル・サージュの主人公の名は、明らかに『フィガロ』の対抗馬を自負したものである。
(『フィガロ』は6万部を売る当時再最大手の新聞だった。)
それは、ともかく。
この標語についてはあちこちで言及が見られるが、「ジャナンの序文」が何なのかは、例によって誰もはっきりさせていない。
要するに、そういうのが気になって、嬉々として調べました、というお話。
以下に原文を引用。
ル・サージュは『チュルカレ』という傑作戯曲を書いたが、しかし当時の劇団からはないがしろにされた、という文脈に続く。

Oui-da, mais il n'était pas homme à se laisser éclabousser par le comédien en carrosse (un mot de la Bruyère), et quand il eut compris le mauvais vouloir des Turcaret de théâtre, le Sage, à son tour, dédaigneux et méprisant, se tourna du côté de la comédie en plein vent, du petit acte au maintien leste et joyeux, mêlé de couplets, comme en voulaient les théâtres éphémères de la foire Saint-Laurent, de la foire Saint-Germain. Amuser ces gens qui passent, leur plaire aujourd'hui, recommencer le lendemain ; associer son génie avec les beaux esprits de l'heure présente, et ne plus s'inquiéter de ces enfants du hasard, voilà pourtant ce que fut le Sage.
(Jules Janin, "René Le Sage", dans Le Sage, Histoire de Gil Blas de Santillane, précédée d'une introduction par M. Jules Janin, illustrations de Gavarni, Paris, Morizot, 1863, p. V.)
結構。もっとも彼は「役立たずの役者」(ラ・ブリュイエールの言葉)の巻き添えをくうような男ではなかった。演劇界のチュルカレ達の悪意を理解すると、ル・サージュは、彼の側でも横柄に軽蔑した態度を取ると、サン=ロランやサン=ジェルマンの縁日で見られるその場だけの劇場好みの、野外喜劇、淫らで陽気な、歌謡曲混じりの小芝居の方へと向きを変えたのである。あれら過ぎゆく人々を楽しませ、今日お気に召したら、翌日もまた繰り返す。当代の才人達に自分の才能を結びつけ、ああした気まぐれ者どものことはもう気にかけない。それがル・サージュという人物だったのだ。
(ジュール・ジャナン、「ルネ・ル・サージュ」、ル・サージュ、『ジル・ブラース物語』所収、パリ、モリゾ書店、1863年、V頁)

つまり、これは『ジル・ブラース』を書く前のル・サージュに関しての一節だったのである。


結果的に、それが分かったからといって、何がどうなるわけでもまったくない話なのだが、しかしまあ、こういうのが「研究者魂」âme de chercheur というものではあるまいか、と、ぶつぶつ呟いたりするばかりです。