読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

私生活のギュスターヴ・フロベール

モーパッサン

ギュスターヴ・フロベール

モーパッサンの評論を一つ翻訳しました。
モーパッサン 『私生活のギュスターヴ・フロベール』
お読みいただけましたら幸いです。


それにしても「頑として肖像画を描かせなかった」という人の肖像を描いて喜んでいるのもいかがなものなのか。
それはともかく、注釈に思いのほか手間取ったので、潔くないことだが、愚痴を記しておく。
レオニー・ブレンヌ宛書簡に関しては、例によってドレーズマンもミットランも調べていないので自分で調べるが、後でフロベールモーパッサン往復書簡集の補遺にモーパッサンによるフロベール論を掲載しているイヴァン・ルクレールがきっちり調べている(1通のみ除いて)ことに気がつく。
この評論文はユベール・ジュアンが10/18のコレクションに掲載する際に、末尾の1頁程度を省略していたのだが、ミットラン(ポショテック、10/18そのまま引き写したね)は言うに及ばず、ドレーズマンは「ルクレールによれば」という説明つきで該当箇所を掲載している(つまり現物に当たっていない)のは残念なことだった。
そしてそこに出てくるショーペンハウアーである。ルクレール先生もこれについては原典を挙げておらず、あれこれ探していたら『ノイエ・パラリポメナ』の中の言葉らしい、ということは分かったものの、しかしモーパッサンがどこから引いてきたのかは、結局、今のところ分からないままだ。悔しい。
1880年末の時点でモーパッサンPensées, maximes et fragmentsおよびAphorismes sur la sagesse dans la vieは読んでいたらしいと推測されるが、しかし前者の中に該当の引用はどうも見つからない(たぶん)。後者は『パレルガ・ウント・パラリポメナ』の一部であるはずなので該当しないと思われるのだが、おそらく私が見落としているのであろう。ああ悔しい。


それはともかく、これで1880年に書かれたフロベール論3本を訳し終えることができたので、次はいよいよ84年の長い論考に取り掛かりたい。思えばはや遅すぎる宿題ではある。