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えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

フランス人であるということ/イェール「すっかり夢中」

 先日、『最高の花婿』原題Qu'est-ce qu'on a fait au bon Dieu ? (2014)を鑑賞。フィリップ・ドゥ・ショーヴロン監督。『招かれざる客』以来、すでに伝統ある異人種婿・嫁物語の定石どおりの物語であり、目新しいのは4人も詰め込んだところ(だけ)と言えるのかもしれないが、しかし大ヒットしたというだけのことはあって、大笑いの内に見終える。人種や宗教に関する典型的なクリシェをぽんぽんぶつけあう無茶苦茶さが、フィクションという了解を前提としているから笑えるというのは、しかしどういうことなのか、考えるとよく分からないようでもある。

 ところで日本語の謳い文句には「4人の娘たちの結婚相手は、みんな外国人!?」とあるのだが、(?が入っているとはいえ)これはやはり正確ではないと言うべきだろう。移民の子孫とはいえ、ユダヤ人、アラブ人、中華系の最初の3人は間違いなく「フランス人」である(最後の黒人のシャルルは「コートジヴォワール出身」ということで、フランス国籍を取得しているのかどうかは、初見では把握できなかったが)。「フランス人」とは、フランス国籍を取得している者のことであって、それ以上でもそれ以下でもない(はずだ)。

 映画の中で、父親が婿たちにむかってラ・マルセイエーズを歌えもしないだろうと言う場面がある。そこで、婿たちは威勢よく国歌を歌い始める。途中で詰まって「やっぱり歌えませんでした」という落ちになったら凄いなあ、と思って観ていたのだが、もちろんそんなことはなく、3人そろって大真面目に歌い終えて、それでお義父さんの気持ちも変わってゆく、という展開になるのである。

 つまり、出自や宗教が異なっても同じ「フランス人」であるということによって友愛は可能である、というのが、この映画を通底する思想であることは明白であろう。その意味でこの映画は共和国の理念に忠実であり、だからこそ「フランス人」なら家族みんなで観られる国民的映画として大ヒットすることができたはずだ(このように言うことに、別に批判的な意味合いを含める意図は私にはないつもりである)。だとすれば、彼らを「外国人」と呼んでしまうことは、この映画についての無理解を示すものではないだろうか。と、そんなことを思ってみたりもする。

 

 ところで、エレクトロだけどたいへんにポップなので私にも聴きやすいYelle イェール。しかし歌詞はずいぶんなんというか、内容の無さそうなものだったりするのだけれど、まあそういうものでしょうか。それはともかくとても好き。フランス語で歌いつづけてほしいと思う。

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Complètement fou

Avoue

Complètement fou

Avoue

Complètement fou, dis, on fait quoi

Envie de sauter dans tes bras

Je t’ai cherché, hey, t’étais où ?

On se retrouve, complètement fou !

("Complètement fou")

 

すっかり夢中

告白しなさい

すっかり夢中

告白しなさい

すっかり夢中 ねえ 何をするの

あなたの腕の中に飛び込みたい

あなたを探したのよ ねえ どこにいたの?

また会えるわ すっかり夢中!

(「すっかり夢中」)