えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

モーパッサンの未発表作?「天職」について

出版社Hermannが、創立140周年を記念する書籍を電子出版で刊行するにあたり、同社が保有していた手稿のコピーの画像、およびその転写と、それについての調査報告を掲載した、という話をメールマガジン"Maupassantiana"で知る。
Déborah Boltz, « Récit d'enquête sur un manuscrit signé Maupassant », p. 265-319, dans Hermann - 140 ans d'histoire en miscellanées, suivi d'un inédit de Guy de Maupassant, "La Vocation", Paris, Hermann, septembre 2016.
Hermann, 140 ans d’histoire en miscellanées eBook: Collectif
国立図書館で問題の作品を発見した時の興奮と喜びが伝わってくるような、デボラ・ボルツさんの調査報告がたいへん面白く読めるのであるが、その要点を記せば以下のようになる。
問題となるのは"La Vocation"「天職」という題の短編小説の手稿で、末尾にはGuy de Maupassantの署名がある。これには四枚のデッサンが付されて、全体は製本されている。このオリジナルはコレクターのEdouard Championの手に渡り、それをHermann社のPierre Berèsが購入し、一度は出版を企てるも断念した後、現在ではイェール大学Frédéric R. Koch文書の中に存在しているという。
« Box 42 – Maupassant, Guy. Writings « La vocation »(short story), with illustrations by Maupassant [ca. 1887 ?] Accompanied by letter from Woznicki to [Edouard ?] Champion, 11 May 1 – FRKF 644 »
ところが、ボルツ氏の調査で分かったことは、この短編は1889年11月13日付の『ジル・ブラース』紙に、Oscar Méténier オスカル・メテニエ署名の"La Brême"「公娼身分証明書」として掲載されていた、ということであり、さらには1892年1月31日付の『ジル・ブラース・イリュストレ』に、スタンランの挿絵とともに再掲されていたのである(ただしこの挿絵は手稿に添えられたものとは別のものである)。ボルツ氏はさらに『ジル・ブラース・イリュストレ』の頁を繰り、92年2月28日に掲載のLéon Xanroffのシャンソンに添えられた1枚、同年9月4日にポール・アレクシの短編"Les Femmes du père Lefèvre"「ルフェーヴル爺さんの女たち」に添えられた2枚のスタンランの挿絵が、件の「天職」の原稿に添えられていた挿絵と一致することを発見する(残り一枚は不明のまま)。


かくして話は混乱をきわめることになる。「天職」手稿を書いたのはモーパッサン本人なのか? ボルツ氏は複数のモーパッサンの自筆原稿と照合した上で、これが別人の手になる可能性は否定できないとしている。ただし眼疾に苦しんでいたモーパッサンは原稿の代筆を他人に頼んでいたことが少なくなく、そこに「ギ・ド・モーパッサン」の署名もされていることもあるという。したがって他人の手になるからといって直ちに贋作とは言えない。だがモーパッサンの真作であるなら、それがメテニエの名で発表されたのはいかなる訳か? 実はモーパッサンとメテニエは奇しくも1888年から89年にかけて、『ピエールとジャン』の舞台化をめぐってひと悶着起こしている。もしかすると、モーパッサンはこの事件を手打ちにするために自作の作品をメテニエに譲ったのだろうか?
あるいはもちろん、「天職」の原稿そのものが贋作である可能性も捨てきれない。第三者の人物がメテニエの作品を(モーパッサンの筆跡を真似て)筆写し、それにモーパッサンと署名したのか? いずれにしても分からないのはスタンランの四枚の挿絵であり、誰がどのような目的で短編と挿絵を合わせたのかは不明のままである。
最終的にボルツ氏の結論は以下のようになっている。

Pour résumer les fruits de mon enquête, il semble crédible de penser que Maupassant soit bien l'auteur de la nouvelle, même si, par un démarquage dont je ne saurais m’expliquer les raisons, Oscar Méténier s'en soit approprié la paternité pour la publier sous son nom dans le Gil Blas. (p. 317.)
調査の結果を要約するなら、モーパッサンが小説の作者であると考えることは信ずるに足りると思われる。たとえ、剽窃行為によって、オスカル・メテニエがその作者としての権利を所有して自身の名においてこれを『ジル・ブラース』に発表した理由は分からないとしてもである。

というわけで、モーパッサンの真作である可能性は高いというのだが、果たしてどうなのだろうか?


肝心なのは作品の質であるに違いないが、この手の話にありがちなように、この「天職」なる作品は残念ながらさほど出来の良い作品ではない。
14歳になる娘ニニが初聖体拝領を授かるが、両親のピシャールは正式には結婚をしていない。夫が飲み屋でパンソン親父と一緒に飲んだくれているところに母娘がやって来て、会話が始まる。姉娘のルイーザは今では公娼となっているが、ニニはおとなしくていい子だ。子どもと仲違いしないためには子どもの言うことを聞かなければいけないというピシャールは、ニニに大人になったら何になりたいかと尋ねる。

Et bien ! je vais attendre d'avoir l'âge, puis je demanderais une brême, tout de suite comme ma soeur, pour être tranquilles. Ensuite, j'irai travailler avec elle et je gagnerai de l'argent pour pouvoir aider papa et maman quand ils seront vieux. Voilà ! (p. 263.)
そうね! いい年になるのを待って、そうしたら落ち着くためにすぐにお姉さんみたいに身分証明書をもらうわ。それからふたり一緒に働いてお金を稼いで、年とったパパとママを助けてあげるのよ!

やれやれ。
モーパッサンは妻子を娼婦として働かせて一財産築いた男「旧友パシアンス」みたいな話も書いているが、それにしても途中で落ちが読めてしまうこのような安易な作品を、89年の時点で書いたりしたものだろうか。私としてはそういう疑念を抱かないでもないが、しかし中立的に判定することはまことに難しく、決定的なことは何も言えない。
それにしても我らがモーパッサン、贋作とよくよく縁の深い(?)と言うべきだろうか。