えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

「痙攣」、あるいは早すぎた埋葬/クリストフ・マエ「パリジェンヌ」

 「痙攣」は1884年7月に『ゴーロワ』に掲載。舞台は温泉保養地のシャテルギヨン。モーパッサンは自ら湯治のために、この地に最近に訪れていたようである。また、新聞小説において説明抜きの語り手「私」は、容易に署名者=作家と同一視されえたから、初出時において、少なくとも形式的にはフィクションとノンフィクションの境界は曖昧だった。ちなみにシャテルギヨン(現在の正式名称は Châtel-Guyon シャテル=ギヨン)の名は「ギィの城」に基づき、つまりはオーヴェルニュ伯ギィ2世の築いた城が町の始まりだったらしいが、ギィ・ド・モーパッサンがこの町に足を向けたのは、そこに縁を感じたからだろうか?

 その町で語り手は奇妙な親子に出会うわけだが、その父と娘は「まるでエドガー・ポーの小説に登場する人物のように見えた」(『脂肪の塊/ロンドリ姉妹』、272頁)と述べられている。父親には物を手に取る時に手が痙攣してしまうという癖がある。娘のほうは病気のようで弱弱しい。語り手は彼らと親しくなり、父親から、娘を早まって埋葬してしまったという事件の顛末を聞かされる……。

 さて、周知のとおりポーには「早すぎた埋葬」と題する作品があり、さらにはなんと言っても「アッシャー家の崩壊」が存在している。ことあるたびにポーの名を引き合いに出すモーパッサンが、ボードレール訳でこの作品を読んでいなかったとは考えにくい。さて、このポーへの言及は先行作品への目くばせなのだろうか。

 モーパッサンがこれに類する事件を実際に耳にしたのか、あるいはこれが純然たる作者の想像だったのかは分からない。ただ、確かなことは、モーパッサンはこの物語を普通の恐怖小説のように、核心となる出来事を伏せたまま、未知の何かがもたらす恐怖に焦点を当てるような書き方はしなかった、という事実である。もしもそのように語っていれば、娘の「幽霊」の登場と、それが掻き立てる恐怖がもっと強調して描かれていたに違いないのだが、彼はそうはしなかった。代わりに、クロニック(今でいうエッセー)の形式の中で、旅先で出会った人物の語る物語の中で、比較的あっさりと出来事を語っている。

 恐らく、ここで語られるような事件は、仮にそれが実際に起こったことであったとしても、その例外性と異常さゆえに「本当らしさ」に欠けると思われたがゆえに、モーパッサンはこれを「小説らしく」語ることを避けたのではないか、そんな風に私には見える。作者が生前に、この作品を短編集に採らなかった理由も、その辺りにありそうな気がしている。

 新聞小説は読者の耳目を引くために非日常的、例外的な事象を好んで語るのであるが、しかし同時に、その突飛な出来事は「本当に起こりうる」ものと感じられなければならない(そうでなければ読者は興覚めしてしまうだろう)。「本当らしいありそうもない出来事」というこの矛盾の存在を、読んでいる当の読者に感じさせないようにすること。そこにこそ、「新聞小説」の書き手の腕の見せ所があったのである。

 

 本日はChristophe Maé クリストフ・マエの2016年のアルバム L'Attrappe-rêves (『夢を追う者』とでも訳すのか)から、"La Parisienne"。

www.youtube.com

Elle habite Paris

Elle a des converses blanches

Je comprends plus ce qu'elle dit

Elle habite Paris pourvu que rien ne change

("La Parisienne")

 

彼女はパリに住んでいる

彼女の会話は中身がなくて

何を言っているのか僕にはもう分からない

彼女はパリに住んでいる 何も変わりませんように

(「パリジェンヌ」)

  はて、converses blanches の意味がもう一つよく分からない。もしかして「白いコンヴァース」とかけているのか?