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えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

「持参金」、あるいは結婚詐欺/クリストフ・マエ「人形のような娘」

「持参金」は1884年9月に『ジル・ブラース』に掲載。シモン・ルブリュマン氏はジャンヌ・コルディエ嬢と結婚することになる。ルブリュマン氏は公証人の事務所を譲りうけたばかりで支払いが必要だが、新婦には30万フランの持参金があった。

 新婚夫婦は二人きりで仲睦まじく一週間を過ごすが、そこで夫がパリへの旅行を持ちかける。そして、事務所の支払いを済ませるために、持参金の全額を用意するように妻に求めるのだった……。

 結婚詐欺というものは古今東西を問わずに存在するのだろうし、詐欺師は男ばかりとも限るまいけれど、19世紀のフランスにあっては、作品の表題ともなっている持参金の慣習があった。つまり、貴族・ブルジョアの娘が家柄の良い相手と結婚するためには多額の持参金が必要だった(夫婦財産契約こそは、バルザックが大好きなテーマの一つであった)。そうであれば結婚詐欺をたくらむのはやはり男の方が多かったのだろうか。まんまと30万フランをせしめた男は「いまごろはベルギーあたりへ高とびしているよ」(『脂肪の塊/ロンドリ姉妹』、300頁)と述べられているが、当時の社会にあっては姿をくらますのも比較的容易だったかもしれない。いずれにせよ本作は、文字通り新聞の三面記事の題材になりそうな事件を、物語風に語ってみせた一編であり、そうした主題と構成自体、これもいかにも当時の新聞小説らしい要素を備えたものとなっている。

 何も見逃すことのない、プレイヤッド版編者のルイ・フォレスチエ先生は、パリの町をさ迷うもう一人のジャンヌの存在を指摘することを忘れたりはしない。つまり『女の一生』のヒロインのジャンヌは、息子ポールの行方を尋ねてパリの町を彷徨したのだった。地方に住む者にとって、19世紀の首都たるパリという都会の喧噪は、さぞ驚きをもって体験されたことであろう。そして、行く当ても知れぬ乗合馬車に一人残された新妻の孤独に焦点を当てる本作にも、当時の社会にあって弱い立場にあった女性への、作者の同情的な視線を認めることができるだろう。

 

 以上で光文社古典新訳文庫の『脂肪の塊/ロンドリ姉妹』(太田浩一訳)の収録作を一通り読み終えた。その結果については我ながら心もとなく、万年一日で同じことばかりを繰り返しているような気がしないでもない。

 それはそうと改めて収録作を見直すと、ノルマンディーの農民ものがまったく取られていない点がやや惜しまれるだろうか(新潮との重複を避ければ仕方ないかもしれないが)。中編では「ミス・ハリエット」を入れなかったのは個人的にはすごく残念で、恐らくは「遺産」や「イヴェット」も割愛となったようである。ま、この種の不平は言うだけ野暮に違いない。してみると、2巻の中核を占めるのは、「パラン氏」、「ロックの娘」、あるいは「オルラ」(決定稿)あたりか? と、ついついこれも余計な詮索をしてみたりしつつ、なんにせよ無事の刊行を期待したい。

 

 クリストフ・マエは、実を言えば2013年のアルバム Je veux du bonheur の方が良かったと、個人的には思う。"La Poupée" は、「お人形のようにかわいい子」の意味だろうか。

www.youtube.com

Elle était si belle la poupée

Elle que les anges avaient oubliée
Et si on l'avait un peu regardée

Peut-être que

L'hiver ne l'aurait pas brisée

("La Poupée")

 

彼女はとても美しかった 人形のような娘

天使たちが置き去りにした彼女

彼女に目が留まったのは

きっと

冬にも壊されなかったからだろう

(「人形のような娘」)