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えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

愛国主義という卵/ミレーヌ・ファルメール「City of Love」

 目下、モーパッサンと戦争について考え直す、という論文を執筆中。そこでふと思い出したのが、モーパッサンの名言として巷に流布しているらしい言葉である。

 「愛国主義という卵から戦争が孵化する」というのがそれなのだが、これまできちんと調べたことがなかった。そこで検索をかけてみると、出典は「ソステーヌおじ」だと教えられる。なるほど。では原文を読んでみよう。「自由思想家」を自任する語り手は一切の教義を認めないという、その文脈の中で出てくる。

  Mon oncle et moi nous différions sur presque tous les points. Il était patriote, moi je ne le suis pas, parce que, le patriotisme, c'est encore une religion. C'est l'œuf des guerres.

("Mon oncle Sosthène", dans Guy de Maupassant, Contes et nouvelles, Gallimard, coll. "Bibliothèque de la Pléiade", 1974, t. I, p. 503.)

 

 おじと僕とはほとんどあらゆる点で違っていた。彼は愛国者だったが、ぼくはそうではない。それというのも、愛国心というものもまた一つの宗教だからだ。それは戦争の卵である。

(「ソステーヌおじ」)

 ちなみに、これまでに「ソステーヌおじ」を訳したことがあるのは桜井成夫だけかもしれないのだが、その訳文は次のようなものとなっている。

 おじとぼくとでは、ほとんどあらゆる点でちがっている。おじは愛国者だったが、ぼくはそうじゃない。それってのが、愛国心もまた、宗教だからね。ありゃ、戦争をひき起こすもとだよ。

(「ソステーヌおじ」、桜井成夫訳、『モーパッサン全集』、春陽堂、第2巻、1965年、329頁)

  桜井はそもそも「卵」の語さえ使ってはいないのである。ということは、件の「戦争が孵化する」の一文は、恐らくは英語からの流入で、どこかの時点で編集の手が加えられたものではないか、と推測される。しかし「孵化する」のイメージこそが肝であるとすれば、この「名句」はむしろその「編集者」のものであると言うべきかもしれない。

 「ソステーヌおじ」(1882年8月12日『ジル・ブラース』)は、自由思想家でフリーメーソン会員のおじさんに、イエズス会の坊さんをけしかけるという悪ふざけをして喜んでいたら、おじが本気で回心してしまい、ふしだらな甥は遺産の相続権を取り上げられてしまう、という落ちのつく笑い話である。フリーメーソンイエズス会のどちらもが縁遠いのが、日本ではあまり翻訳されてこなかった理由かもしれないが、これは健康な時のモーパッサンの上出来な作品の一つであろうし、モーパッサンもまた強固な反教権主義の時代であった第三共和政の申し子の一人である、ということが窺える一編でもある。

 それはそうと件の一文であるが、作中の語り手の言葉であるから、これをモーパッサンその人の考えと即断してしまうのははばかられる。ただプレイヤッド版の注釈で、フォレスチエ先生も、同様の思想は戦争小説や時評文の中に見いだされる、とわざわざ述べている。この年の5月、作家ポール・デルレードをはじめとした幾人かがLigue des Patriotes「愛国者同盟」を結成、対独報復を声高に主張していた時のことである、ということも覚えておいてよいだろう。

 なんにせよ、あらゆるドグマは人を拘束する、というのがモーパッサンの信条であり(それもまたドグマかもしれないが)、彼は常に精神の自由を優先させようとした。そして、自由でありつづけるというのはまことに難しいことに違いない。

 

 本日はミレーヌ・ファルメールの2015年のアルバム Interstellaires 『星間』である。嬉しがって限定版のCDを注文したら、大きな写真集(にCDがくっついてる)が届き、さすがに自分は何をしているのだろうと恥ずかしくなった、と、そんなことをこんなところで告白していいのか。

 "City of Love" のクリップの主人公はもちろんミレーヌその人。特殊メイクには6時間半かかったという。

www.youtube.com

Les mots au bout des lèvres

Un chemin vers la vie

Si je m’abandonne

Je bâtirai

The city of love...

Oh Oh

Si je sais que je l’ai

Et le monde et l’envie

Si là je t’attends

Je bâtirai

The city of love

The city of love

("City of Love")

 

唇から洩れる言葉

人生への道

もし私が身をゆだねるなら

私は築く

The City of love

Oh Oh

もし私がそれを手にすると分かれば

世界と欲望

もしここであなたを待つなら

私は築く

The City of love

The City of love

("City of Love")

  je l'ai の l' は何を指しているのだろう。City of love だろうか。まあそれはともかく、たいへん音の美しい歌詞だと思う。