えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

BD『エロイーズ』/ザジ「エートルとアヴォワール」

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 ペネロープ・バジュー&ブレ『エロイーズ 本当のワタシを探して』、関澄かおる訳、DU BOOKS、2015年

 はじめブログで評判になったこの著者の翻訳としては、先にアラサー女性の冴えない日常を自虐的に1話1頁で綴った、

 『ジョゼフィーヌ!』、関澄かおる訳、DU BOOKS、2014年

があるが、『エロイーズ』は長編作品である。「女性のためのフレンチコミック」という売り文句ではあるが、ここに一言述べてみたいと思う。

 冒頭、パリの街中のベンチで我に帰ったエロイーズは、それまでの記憶を一切失っていることに気がつく。カバンの中の所持品を手掛かりにアパルトマンまで帰り着いた後、彼女は自分が誰なのかを探しはじめる……。という設定自体はさほど突飛ではないけれども、手がかりを一つ一つ見つけてゆく謎解きの要素と、記憶喪失のままになんとか日々を切り抜けていく冒険的な要素とがあいまっている上に、最後までなかなか展開が読めないので、ページを繰る手が止まらないはずだ。もっとも、興ざめにならないように、話の筋についてはこれ以上触れないでおこう。

 もともと日常生活のあれこれを漫画につづるところから出発した著者だけに、本作の見どころは細部にあると言えるだろう。お馴染みのアパルトマンの壁や屋根はもとより、ベンチやゴミ箱や街路樹や広告塔、ガードレールやバスや車や地下鉄の駅などなど、何気ない街並みの光景がしっかりとパリらしく描かれている。夜の町に薬局の緑の十字が光っていたり、何気なくヴェリブの駐輪場があったり、ヴァンドームの円柱らしきものが見えていたりするといった幾つものディテールが、パリの町を訪れたことのある者にはしみじみと訴えてくることだろう。室内の情景も同様に、家具の形や配置などに現実感がしっかりと備わっているし、頻繁に変わるエロイーズの衣装も見どころの一つに違いない。確かな観察眼があり、細部への目配りが行き届いており、淡い色彩の配色が実にセンス良くまとめられている。一方で、この現実生活に密着したリアリズムには、随所に挟まれるエロイーズの空想がバランスよく対比されることで、物語の軽みをうまく保っているのでもある。

 話を内容に戻せば、記憶喪失によって、エロイーズは自分という一人の人間、そして「彼女」のこれまでの人生を、客観的に眺め直す機会を得ることになる。それは、書店に勤める、彼氏もいない独身女性の、地味で平凡(に見える)暮らしを、一つ一つ確認し直していく作業である。だとすれば、ここでは、日常生活を構成する一つ一つの要素を疎かにしない作者の堅実な手法が、(それによって描かれる)日々の暮らしを見つめ直すという主題と、しっかりと結び合ってこの作品を作り上げているのだと言えるだろう。たとえミニマルな世界であっても、その細部を大切にすることには確かに意味があるということを、この作品は暗に語っているように見える。

 『エロイーズ』、決してただ可愛いだけの漫画ではないと私は思うのだけれど、しかしまあそういうのは余計なお世話であるのかもしれない。

 

 昨日に引き続いてZazie ザジのアルバム Za7ie より、"Être et avoir"「エートルとアヴォワール」。英語で言えば be と have。「存在」を決定するのは「所有」ではない、というわりとストレートな主題。

www.youtube.com

Car tout ce qu'on est

Pas tout ce qu'on a

Tout ce qu'on n'est

Pas tout ce qu'on a

("Être et avoir")

 

だってその人のすべては

その人の持つもののすべてではない

その人ではないもののすべては

その人の持つもののすべてではない

(「エートルとアヴォワール」)

  うーん。この解けそうで解けない方程式みたいな4行。なんかすっきりしないんだけど、どうなってるんでしょうか。