えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

『ルーヴルの猫』/ディオニゾス「愛のヴァンパイア」

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 ルーヴル美術館に隠れて暮らす猫たちがいる。その中の一匹、オッドアイの白猫「ゆきのこ」は、いつまでも子どものまま、他の猫たちとも打ち解けることができずに、自分の居場所を探している。

 その猫たちの世話をしている夜警マルセルは、ガイドの仕事に馴染めないセシルに、長く誰にも言えないでいた秘密を打ち明ける。子どもの時に、3つ年上の姉アリエッタがルーヴル美術館の中で行方不明になった。孤独で居場所の無かった彼女は絵の中に入っていたのだと、マルセルは信じている……。

 松本大洋『ルーヴルの猫』(上下巻、小学館、2017年)は、この猫たちの物語と人間たちの物語が平行して語られてゆく作品である。猫たちは、普通に猫の姿で描かれる時(人間界にいる時)と、擬人化して描かれる時(猫たちだけの世界)があり、それによって、異なる二つの世界の共存が違和感なく成立している。松本大洋の猫はどれも媚びるような可愛さとは無縁なところがいい。

 猫たちは人間から隠れて暮らし、満月の夜だけ外に出て光を浴びる。「ゆきのこ」も、捨て猫だった「のこぎり」も、毛のない「棒っきれ」も、いつも寂しさの影を帯びている。一方でマルセルやセシルも、それぞれに喪失感や居所のなさを抱えて暮らしている。これは、そのような孤独を抱えた者たちの物語であるわけだが、松本大洋の鋭さと優しさを同時に表現するかのような独特の絵柄が、そうした人物たちを実に巧みに表現しているので、彼らの思いが頁にみなぎっていて、読む者の胸を切々と打たずにおかない。あえて言えば後半部の展開は(少女漫画的な)定型的なものであり、その意味で驚きは大きくないかもしれないが、しかしそこに展開する幻想的な世界が、絵の力によって見事に、説得的に表現されているから、すっかり魅了されるに違いない。静謐で、情感に溢れ、愛おしくなる、『ルーヴルの猫』は芸術的価値も高く、とびきり素敵な作品です。

 なお、ルーヴル美術館と漫画家のコラボレーション企画の一環であるので(仏語版も発売されている)、ルーヴルの美術品があちこちに登場する点、また裏方の仕事人たちの姿が描かれているところなど、細部にも興味が尽きない(ところも素晴らしい)。

 

 デイオニゾス Dionysos のリーダー、マチアス・マルジューMathias Malzieu は2013年、体内で血液が作られなくなるという難病にかかるが、手術の結果、無事に生還することができた。『パジャマを着たヴァンパイアの日記』Journal d'un vampire en pyjama(2016年)は、輸血によって他人の血を必要とする自分をヴァンパイアにたとえ、死の象徴たるダーム・オクレース Dame Oclès(ダモクレスとかけている) の幻影に怯えながら、ユーモアと想像力を武器にたたかった闘病記。それと合わせて発表されたアルバム『パジャマを着たヴァンパイア』Vampire en pyjama (2016) から、「愛のヴァンパイア」"Vampire de l'amour"。

www.youtube.com

Oh vampire vampire de l'amour

Chaque nuit sous ta peau mon ombre

Se blottit se divise mon ombre

Je pars en confettis

("Vampire de l'amour")

 

おお、ヴァンパイア、愛のヴァンパイア

毎晩、君の肌の下で僕の影は

縮こまり、分裂する、僕の影

僕は紙吹雪となって旅立つ

(「愛のヴァンパイア」)