アルベール・カミュの『異邦人』。有名だし、そんなに厚くないし、と思って気楽に手に取ると、前半はなんだかけっこう退屈だし、後半はなんだか難しく、なんだか訳が分からないまま終わるんだけど、なんだか大事なことが書いてあるような気はする、という「なんだか」だらけの厄介な代物ではあるまいか(個人的感想です)。と、そんなような憂わしい悩みを抱える人にお勧めしたいのは、
野崎歓『カミュ 「よそもの」きみの友だち』、みすず書房、「理想の教室」、2006年
であるけれども、今日はその話ではなく、今年の6月に出たBD版の『異邦人』について。
ジャック・フェランデズ作・絵、『バンド・デシネ 異邦人』、青柳悦子訳、彩流社、2018年
ジャック・フェランデズ Jacques Ferrandez は1955年、アルジェリア生まれ、代表作は全10巻からなる『オリエント画帖』Carnets d'Orient という大作である。これは、1830年代から1950年代までのアルジェリアを数世代にわたって点描風に描いた「第一部」Premier cycle と、1950年代の独立戦争を重厚に描く「第二部」Second cycle からなっており、植民地アルジェリアについての一大絵巻として知られ、すでに評価も高い。その後、フェルナンデズは、同じアルジェリア出身の作家カミュの作品のBD化に取り組み、『客』(2009)、『異邦人』(2013)、『最初の人間』(2017)が発表されている。
この手の作品を評価するのはいつも難しい。ともあれ、BDは一気に読めるので話の全体が大きく掴みやすいということは確かな利点で、さらにこれは「訳者あとがき」に書かれている通りだけれど、この物語が1930年代後半のアルジェを舞台にしているという事実が、フェルナンデズの端正で綺麗な水彩画によって実に明確かつ鮮明に理解できるということが、原作を読んだことのある読者にとっても新鮮な驚きであるだろう。確かに作者は「この物語を現実の時空間のなかに置き直し、作品に新たな次元を与え」(「訳者あとがき」、147頁)ている。無駄のない禁欲的な原作にあえて血肉をそなえさせることによって、物語がしっかりと地に足をつけて進んで行くようになったとでも言えるだろうか。また、当然の如く顔をもった人物として描かれるムルソーが、一見したところ他の人物となんら変わらない同じ人間であるということを、しみじみ納得させてくれるという効果もあるかもしれない。いずれにしても『異邦人』は噛み砕くのに手間を必要とする晦渋な作品であることには変わりがないけれど、丁寧な時代考証と揺るぎない技能によってまとめられたこのBD版『異邦人』は、原作への入門編にも、既読者が改めて作品に立ち返るよすがにもなり、一読は決して無意味ではないと思う。
それから古典のBD化作品の翻訳が今後も出るといいなと思うのだけれど、モーパッサンのをどこかの出版社で出してくれないだろうか。翻訳はいつでも喜んで承りますが。
本日もジュリエット・アルマネ、今日は「インディアン」"L'Indien"。これはとっても分かりやすい歌詞だこと。
C’est lui
L’Amour de ma vie
Je sais que c’est lui
Tout me le dit
En lui
Tout est infini
Le jour comme la nuit
Je suis à lui
("L'Indien")
それは彼
私の人生の〈愛〉
私には分かる 彼だって
すべてがそう告げている
彼の内では
すべてが無限
昼も夜も
私は彼のもの
(「インディアン」)