えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

『マッドジャーマンズ』/クリスチーヌ&ザ・クイーンズ「ダズント・マター」

『マッドジャーマンズ』表紙

 フランスではないけれど。

 ビルギット・ヴァイエ『マッドジャーマンズ ドイツ移民物語』、山口侑紀訳、花伝社、2017年

 この漫画を読むまでモザンビークの歴史なんて何にも知らなかったから、歴史的事実にまずは驚くばかり。

 ポルトガルの植民地だったこの国では、1964年以降、独立のための武装闘争が始まる。1975年に独立を果たし、フレリモの支配する共産主義国家になった。そして同じ共産圏同士ということで、1979年以降、東ドイツモザンビークから出稼ぎ労働者の受け入れを開始、1989年までに計約2万人が東ドイツに入国した。この間、労働者の給料は約60%が天引きされ、故国で貯金されているはずだったが、実際にはどこかへ消えてしまうことになる。

 さて、モザンビークでは76年以降内戦が勃発、92年に終結するまでの間に100万人以上の死者、多数の難民を生みだす。その一方で、1990年にドイツ統一後、ドイツでは移民に対する差別・暴力が激化し、多くの労働者たちが帰国を余儀なくされる。そしていざ帰国してみれば、故郷は様変わりしている上に、内線を経験していない者として白眼視され、故国においても差別を受けることになる。それが「マッドジャーマンズ」と呼ばれる人たちであり、彼らは、二重の意味で故国を喪失した者たちだと言える。

 本書は、ふとした縁から彼らの存在を知った著者が、何人へもの聞き取りと資料収集の上で、彼らの経験を架空の3人の人物の人生にまとめ上げた物語である。全体は3部からなり、男性2人、女性1人が自らの過去を回想する形になっているが、3人はお互いに関係を持っているので、順を追っていくなかで、最初は分からなかった話の全体が見えてくるという、非常によく練られた構成になっている。

 最初の人物ジョゼは内気な青年で、東ドイツで熱心に勉強し、将来への希望を抱くが、やがて夢破れて帰国し、寂しい余生を過ごすことになる。2人目のバジリオは開放的で、東ドイツでは多くの女性と付き合って楽しむが、仕事は厳しく、統一後は彼も帰国し、故国で失われた積立金の返還を求める運動を続けている。3人目のアナベラは、内戦で故国の家族を失うが、ドイツの地で勉学に励み、統一後に医師の職に就くことができる。その意味で彼女は、先の二人に比べれば「成功者」と呼べるのだろうが、しかし本作の結末は決してハッピー・エンドではない。ドイツで暮らしつづける彼女であっても、ドイツは故国にはなりえず、彼女もまた故郷を失った者としてありつづけるしかない。著者は、多くの移民が抱えるであろう、そのような「現実」から目を逸らさずに、「故郷とは何か」という問いを抱きつづけるのである。

 本文はカーキ色を使った2色であるが、この渋い色合いが内容とよく合っている。随所に挟まれるアフリカの民芸品を思わせる絵がとくに印象深く、芸術性を高めている。また、パンフレットやチラシなどの当時の資料がたくさん描かれており、それが物語にリアリティーと記録としての価値を付与していることも見逃せない点だろう。本書は、丹念な取材と、手を抜かない堅実な仕事と、歴史に翻弄された人々の生きざまに向ける真摯かつ優しい眼差しとから出来上がった、たいへん得難い貴重な作品である。

 このような人生もある、ということをしみじみと思わされる『マッドジャーマンズ』。決して明るいとは言えない内容ではあるけれど、一読、その印象は深く胸に残るに違いない。

 

 クリスことクリスチーヌ&ザ・クイーンズ Christine & The Queens のアルバム Chris のCDは、仏語版と英語版の2枚組み。仏語版の「ダズント・マター(太陽を盗む者)」"Doesn't matter (voleur de soleil)"。ルフランは英語のみ。

www.youtube.com

It doesn’t matter, does it

If I know any exit

If I believe in god and if god does exist

("Doesn't matter (voleur de soleil)")