えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

『ラ・フォンテーヌ寓話』/バルバラ「マリエンバード」

『ラ・フォンテーヌ寓話』表紙

 『ラ・フォンテーヌ寓話』、ブーテ・ド・モンヴェル絵、大澤千加訳、洋洋社、2016年

 『イソップ寓話』というのなら、日本人の大半はよく知っている。昔から、子どもたちに人生の教訓をわかりやすく教えるという目的で、絵本や小学生用教科書に使われてきたからだ。

 ところが、この『イソップ寓話』をもとにして一七世紀フランスのラ・フォンテーヌという文人が書いた『寓話』となると、岩波文庫に入っていて簡単に読めるにもかかわらず、日本人でこれを繙いたことのある人というのはほとんどいない。「ラ・フォンテーヌの『寓話』って、何、それ?」ということになる。

 こうした無知は、じつは、フランス文学が専門のフランス文学者においても同じなのだ。ラ・フォンテーヌの『寓話』を原文で読んだことのある人はいうに及ばず、翻訳で読んだという人すら決して多くはない。たいていは、なんとなく知っているというレベルにすぎず、本当のところは一行たりとも読んだことはないのだ。

鹿島茂『「悪知恵」のすすめ ラ・フォンテーヌの寓話に学ぶ処世訓』、清流出版、2013年、3頁)

  やれやれ、なんだか耳の痛いことが書いてある。だってラ・フォンテーヌのフランス語は難しいし、頑張って読んでも何言ってるかよく分かんないんだもん。とか「無知」に輪をかけるような言い訳をしても空しいだけだが、それはともかくとして、この『「悪知恵」のすすめ』は、ラ・フォンテーヌの『寓話』の内容が実によく分かって有難い本だ(『「悪知恵」の逆襲』という続編もある)。その要点は「フランス人は、原則的に性悪説に立ち、「人を信じるな」を教育の眼目に据えている」(96頁)という文に尽きると言ってよいだろう。

 ラ・フォンテーヌの『寓話』が与える教訓の第一は「騙されるな」ということであって「騙すな」ではない。これはすでに何度も強調してきたことである。

 では、「騙すな」ではなく「騙されるな」が最大の教訓となっている理由は何かといえば、それは「人は騙すのが当たり前」という性悪説がラ・フォンテーヌを始めとするフランス人の思考の基礎となっているからだ。つまり、全員が悪党だという前提で社会が運営されているのである。(124-125頁) 

  いやー、そうだったのか。なるほどなー。と、納得していいのかどうかは知らないが、なるほどそうかと思って読むと、ラ・フォンテーヌの『寓話』はそういうことをしっかり述べているように思われる。うむうむ。これは実に大人の世界であって、子どもにはきっと分かるまい。

 さて、話は戻って、以前に書店で見かけた本が、ブーテ・ド・モンヴェルの挿絵の入った『寓話』の翻訳であった。

 Louis-Maurice Boutet de Monvel (1850-1913) はフランスの挿絵画家、絵本作家。その丹精な絵柄は今でも愛され、童謡やジャンヌ・ダルクの生涯などが読み継がれている。ラ・フォンテーヌの寓話も代表作の一つ。奇しくもモーパッサンと同年生まれでもある。

 なるほどモンヴェルの丁寧で明瞭、温かみのある絵は、一見したところ寓話の挿絵にまことにふさわしいように思える。しかしながら、ラ・フォンテーヌの描くのは、実のところは「全員が悪党」の世界である。したがって動物たちの多くは、最後には騙されたり、失敗したり、あまつさえは食べられたりしてしまうのだ。この身も蓋もないオチと、決して乱れることのないモンヴェルの愛らしい絵柄とが、なんとも絶妙な違和感を醸しだしているのである。

 つまり、変と言えば変なのだ。だがしかし、じっと眺めていると、その微妙なギャップが、動物たちの姿を一層に味わい深いものにしているようにも見えてくる。いずれも滑稽とも哀れとも言い難く、なんともいじらしいのである。

 子どもにももちろん楽しめるが、モンヴェルの絵を含めても、ラ・フォンテーヌの寓話はやはり大人向けのもののようだ。ぜひ、大人の読者に手に取ってもらいたいと思う。

 

 さて、開き直って(?)バルバラ Barbara を聴こう。彼女の歌の中で、私がとくに好きな一曲が、「マリエンバード」"Marienbad"だったりする。作詞はFrançois Werthimer で、この歌詞はいかにも「はったり」な感じはするのだけれど、それはそれ。

 INAにも映像があるが、今日はスイスのRTSアーカイブより、1975年の映像。最後に立ち上がって回るところが、実になんとも筆舌に尽くしがたい。最初の二節のみ拙訳。

www.youtube.com

Sur le grand bassin du château de l’idole

Un grand cygne noir, portant rubis au col

Dessinait sur l’eau de folles arabesques

Les gargouilles pleuraient de leur rire grotesque

Un Apollon solaire de porphyre et d’ébène

Attendait Pygmalion, assis au pied d’un chêne

 

Je me souviens de vous

Et de vos yeux de jade

Là-bas, à Marienbad

Là-bas, à Marienbad

Mais où donc êtes-vous

Où sont vos yeux de jade ?

Si loin de Marienbad

Bien loin de Marienbad

("Marienbad")

 

崇拝する人の住む城の大きな池で

大きな黒鳥が、首にルビーをつけ

水におかしなアラベスクを描いている

ガーゴイルはグロテスクな笑いに涙し

斑岩と黒檀でできた太陽神アポロン

楢の木の下に座るピュグマリオンを待っている

 

あなたを思い出す

翡翠色のあなたの目を

彼方、マリエンバードで

彼方、マリエンバードで

いったいあなたはどこにいるの

あなたの翡翠の目はどこに?

マリエンバードから遠く離れて

マリエンバードからずっと遠くで

(「マリエンバード」)