えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

『危機に立つ東大』/ガエル・ファイユ「僕は旅立つ」

『危機に立つ東大』表紙
 タイトルを見て最初は「石井先生がそんな本書いちゃだめー」と思ったが、ファンなので黙って購読。

 石井洋二郎『危機に立つ東大 ――入試制度改革をめぐる葛藤と迷走』、ちくま新書、2020年

 実際に読んでみれば、もちろんこれは時流に乗った浅薄な煽り本などではまったくなく、その正反対に位置する、明晰で確固たる批評の書であった。この著者によってこそ書かれるべき、またこの著者によってしか書かれえなかった本だと言うべきかもしれない。

 本書は、「秋入学問題」、「文系学部廃止問題」、「英語民間試験問題」、「国語記述式問題」という、近年に大学業界を揺るがした事件を題材にしてはいるが、いたずらに「悪役」を突き止めて溜飲を下げることを目的としていない。それぞれの事件の背後に潜む誤謬を剔抉して分析した上で、より全体的で深刻な問題として、今の社会に「人文知」軽視の風潮が見られるのではないかと問うものである。

 したがって、本書第2章において、従来の文系(人文科学・社会科学)と理系(自然科学)という広く行きわたっていながら、実際は恣意的で不正確な分類を改め、「人文知」(人文学)と「科学知」(人間科学・社会科学・自然科学)とに分類し直すこと(79頁)、その上で「人文知」を「人間のあらゆる知的な営みを貫く普遍的な基層のようなもの」(106頁)と捉えるべきではないかという著者の提言はとくに重要だ。この分類が普及すればいいと、私は心から思う。そしてここでいう「人文知」は、ヨーロッパの伝統的な「リベラルアーツ」と同種のものと位置付けられる。今日の大学教育に求められるリベラルアーツは、「獲得したさまざまな知識や技能を具体的な個々の課題に応じて動員し、それらを有機的に関連させながら、既成の限界や制約を乗り越える能力、さらには自由な発想で新たな展望を切り拓く能力」(110頁)だと著者は述べている。

 「人間の知的営為を支える普遍原理としての人文知を教育の場に定着させることに努めなければならない」(111頁)という言葉を、私も大学人の端くれとしてしっかり胸に留めなければと思う。私にはなんとも力不足な大きな課題かもしれないが、それを新年の誓いとしたい。

 

 新年なので、旅立ちの歌を。Gaël Faye ガエル・ファイユの "Je pars" 「僕は出発する」。2013年のアルバム Pili pili sur un croissant au beurre 『バター付きクロワッサンの上のピリーナッツ』所収。

 ガエル・ファイユはブルンジ出身。13歳の時、内戦を逃れてフランスに渡ってきた。ウィキペディアによれば今はルワンダ在住とか。ちょっと訳に自信が持てません。

www.youtube.com

Je pars, parti pour la vie
Je pars, viens avec moi si t'as envie
Je pars pour la saison des pluies
Je pars, hier demain et aujourd'hui

 

Je pars, parti pour la vie
Je pars, viens avec moi si t'as envie
Je pars, pour un rayon d'ombre
Viens retrouver Colombe mon cœur mort sous les décombres

("Je pars")

 

人生に向けて僕は旅立つ 旅立った

僕は旅立つ その気があるなら一緒に来いよ

僕は雨季に向けて旅立つ

僕は旅立つ 昨日、明日、今日と

 

人生に向けて僕は旅立つ 旅立った

僕は旅立つ その気があるなら一緒に来いよ

僕は陰った光に向けて旅立つ

〈ハト〉を見つけに来いよ 瓦礫の下で死んだ僕の心

(「僕は旅立つ」)