えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

はじめてのガイブン 大人になるための20冊(+4)(前半)

『1ドルの価値/賢者の贈り物』表紙

・このリストは、10代後半から20代初めで、外国文学をまだ読んだことがない、でもこれから読んでみようと思っている人(男女を問いません)を想定して作りました。

・数ある古典の中から、「はじめて読む」のにふさわしいと思う作品を選んでいます。どれも有名な作品ですが、言うまでもなく選択は個人的な趣向に基づいています。

・10冊ではとても足りないので20冊(でも収まらずにあと4冊)とし、前半と後半に分けています。それぞれ、短いものから長いもの、読みやすいものから読み応えのあるもの、という基準で並べているので、ベスト10ではありません。もちろん、この順番通りに読まなければいけないわけではありません。あくまで目安として参考にしてください。

・リストの副題は「大人になるための20冊」です。聡明で、柔軟で、したたかで、度量が広い、そんな大人になりたいと思いませんか? ここに選んだ20冊は、あなたの知性と感性と想像力を刺激し、人間観・世界観を大きく広げてくれることでしょう。

・前半の10冊(+2)は比較的ストレートな作品です。まずは読書に慣れ、本の面白さを知ってください。後半の10冊(+2)はもう少しひねりのある作品です。含蓄・陰影・アイロニー、そうしたものが分かってこそ、大人の呼び名にふさわしいと言えるでしょう。

・挙げている版は、入手のしやすさ、翻訳の新しさ(読みやすさ)を考慮して選んでいますが、選者の好みも入っています。すべて一級の古典なので、何種類もの翻訳が存在します。お好きなものを自由に選んでもらって構いません。

・このリストが読書の旅の道しるべとしてお役に立てば、それ以上に嬉しいことはありません。さあ、ページを開いて、探索へ出かけましょう。

 

前半

  1. O・ヘンリー『1ドルの価値/賢者の贈り物 他21編』、芹澤恵訳、光文社古典新訳文庫

アメリカ文学。ようこそガイブンの世界へ! まずは短くて読みやすく、文句なく面白いものから始めましょう。誰もが聞いたことのある「賢者の贈り物」や「最後の一葉」をはじめ、心温まる物語が一杯です。どの作品も幸せな結末で終わるのは、作者が能天気だからではありません。O・ヘンリーは若い頃に苦労して、刑務所に入っていたこともありました。ハッピー・エンドは、孤独な心がじっと温めつづけた希望の結晶なのです。

 

  1. ギィ・ド・モーパッサンモーパッサン短篇選』、高山鉄男訳、岩波文庫

フランス文学。同じく短編の名手ですが、有名な「首飾り」や、戦争もの「ソヴァージュばあさん」、哀れな恋物語「椅子直しの女」など、暗い話、悲しい話も少なくありません。人生は時に残酷なものだということを、年を取れば誰もが嫌でも知らされるでしょう。その「現実」を直視するためには、冷静な眼差しと強い心が必要だということを、モーパッサンは教えてくれます。そしてそこには、運命に翻弄されるか弱い存在への共感が、確かに存在しています。

 

  1. トルーマン・カポーティティファニーで朝食を』(短編集)、村上春樹訳、新潮文庫

アメリカ文学カポーティの文章の上手さは圧倒的です。天性の才能に惚れ惚れするばかり。そして、「ティファニーで朝食を」の主人公ホリー・ゴライトリーのなんと魅力的なこと! 自由と幸福を求めてやまないホリーの人生は実に奔放で、それだけに危うげでもあり、賛嘆と憧れを掻き立ててやみません(オードリー・ヘップバーンは美しいけれど、映画は原作と別物です)。ホリーは遠く輝く夢の象徴です。私たちがそれを自分のものにすることは、決して出来ないのでしょう。

 

  1. アーネスト・ヘミングウェイ老人と海』、小川高義訳、光文社古典新訳文庫

アメリカ文学。ここから、そろそろ長編へ入って行きます。カリブ海の漁師サンチャゴは一人で沖合に漁に出て、三日にわたって巨大なカジキを相手に戦いつづけます……。息詰まる格闘の様子が圧巻で、手に汗握って一気に読み終えてしまうに違いありません。どれほど苛酷でも決して諦めず、どんなものであっても結果を堂々と引き受ける。そこに個人の譲れない尊厳があることを、この小説は教えてくれます。戦いつづけなくてはいけない。そう思える勇気が湧いてきます。

 

  1. アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ『夜間飛行』、二木麻里訳、光文社古典新訳文庫

フランス文学。『星の王子さま』の作者は飛行機乗りでしたが、20世紀初め、生まれたばかりの飛行機には事故も多く、空を飛ぶことは文字通り命がけの試みでした。サン=テグジュペリはその経験を通して、労働がいかに人生に価値を与えるか、使命感によって人はいかに偉大になるかを学びました。経験の裏打ちがあるからこそ、彼の言葉は偽善に陥ることなく、読む者の胸に誇りと情熱を呼び覚まします。それは本当に、誰にでも出来ることではありません。

 

  1. フランソワーズ・サガン『悲しみよ こんにちは』、河野万里子訳、新潮文庫

フランス文学。早熟な才能というものがあります。サガンは19歳でこの小説を書き、鮮烈なデビューを果たしました。子どもから大人へ移り行く時期の心と頭のありようを、若さゆえの感傷や思い上がりに惑わされることなく、同時に、瑞々しく鋭敏な感性を失わないうちに描きとめること。それこそ、早熟な若者にしかなし得ないことです。同年代の読者は、作者の明晰さに驚き、憧れるでしょう。いつか年を取ってから読み返した時、その印象はどう変わるのか。その変化を味わうためだけにでも、今、この小説を読んでおくべきです。

 

  1. J・D・サリンジャーキャッチャー・イン・ザ・ライ』、村上春樹訳、白水社

アメリカ文学。古典というものは何歳になっても読む価値がありますが、そうは言っても若いうちに読んでおくべき本が存在します。高校を退学させられて実家に帰るホールデン・コールフィールドの物語が、活きのよい一人称で語られます。他人の欺瞞とエゴを許すことができないホールデンは、子どもから大人へ移る境目にあって、見えない壁に正面からぶつかります。今、まさにそんな時期を迎えている人にとって、この小説はナイフになるかもしれないし、涙を拭くハンカチになるかもしれません。長らく、『ライ麦畑でつかまえて』(野崎孝訳)で親しまれてきました。

 

  1. チャールズ・ディケンズ『大いなる遺産』(上下巻)、佐々木徹訳、河出文庫

イギリス文学。ここからは本格的な長編です。長編だからこそ味わえる醍醐味を知ってください。まずはディケンズが打ってつけでしょう。面白いし、感動させるし、考えさせてもくれる大作家ですが、かといって重苦しくもありません。波乱万丈な筋の展開を堪能して、ありえないような偶然にも文句をつけないでおきましょう。ディケンズは太陽のようです。雨や風や雪や月や夜の闇も、人生に変化と彩りを与えてくれますが、絶対に欠かすことの出来ないのは陽の光。長い人生、どんな時にも頼れる友人となってくれるでしょう。

 

  1. ジェイン・オースティン自負と偏見』、小山太一訳、新潮文庫

イギリス文学。五人姉妹の次女エリザベスは、お高くとまっている青年ダーシーに反感を抱きますが、やがて彼の本当の姿を知り、自分が偏見を抱いていたことに気づきます……。昔の女性にとって結婚は人生の一大イベントであり、誰と結婚するかは最大の問題でした。オースティンの魅力は、男性中心主義の社会にもかかわらず、強い意志を持って、自分の人生を自分で切り開く女性を描いたことです。利発で凛々しいエリザベスは、作者にとって理想の女性像だったのでしょう。

 

  1. スタンダール赤と黒』(上下巻)、野崎歓訳、光文社古典新訳文庫

フランス文学。親譲りの血筋や家柄がものをいう時代から、自分で未来をつかみ取らなければいけない世の中へ。それが身分制社会から近代社会への移行ということです。以来、私たちは誰しも、人生の門出で「自己実現」という問題に直面せざるをえません。そんな近代人の元祖と言えるのが、本作の主人公ジュリヤン・ソレルです。自意識過剰で野心に溢れる青年は、悪戦苦闘の末にどこに行き着くのか。それを知ることができるのは、彼と共に長い軌跡を歩んだ者だけです。

 

本当は入れたいあと2冊

  1. サマセット・モーム『ジゴロとジゴレット モーム傑作選』、金原瑞人訳、新潮文庫

イギリス文学。短編の名手といえば、もう一人外せないのがモームです。語りは流暢で淀みなく、物語は明快で切れ味よし。ユーモアとアイロニーにも事欠かず、堅実かつ巧みな手腕が光ります。笑劇も上手いながらに超然としたところがあり、感情に流されずに劇的なドラマを語りきって見事です。本短編集の屈指は「征服されざる者」。第二次大戦下のフランスを舞台とした、全編に緊張感みなぎるこの物語、読みながら鳥肌が立つこと必至です。

 

  1. コレットシェリ』、河野万里子訳、光文社古典新訳文庫

フランス文学。コレットは紛れもなく天性の作家です。これほどに瑞々しくもしなやかに、感性と官能に溢れる言葉を紡げる者は他にいないでしょう。ヒロインのレアは50歳を目前にした高級娼婦。長く恋人だったシェリが結婚するのを機に二人は別れますが、予想に反して互いに相手のことが忘れられません……。常に毅然と振る舞うレアは美しく、優雅で、たおやかです。そんな完璧な彼女であってさえ「時」には打ち勝つことができない。避けられない宿命性が、本作の格調を高めています。

 

 以上、学生さん向けに書いたものをここにも公開します(学生にバレるかな)。

 この文章を書くにあたって、(勝手に)お手本と仰いだのは、「ふくろう」氏のブログです(最初に~文学と記すのを真似させていただきました)。

owlman.hateblo.jp

 お勧めの文章が抜群にうまくて憧れています。私にはこんなに味のある文を書けないのだけれど、ここでは「外された」王道の「古典」だって十分に面白いんだ、ということを伝えたいと思って書きました。

 どこかの誰かの読書欲に火を灯せたら、本当に嬉しく思います。後半は明日掲載します。