えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

『若い人のための10冊の本』/ジェニファー「なんて素敵なの」

『若い人のための10冊の本』

 小林康夫『若い人のための10冊の本』、ちくまプリマー新書、2019年

 この本は、文字通りに青少年に向けて10冊の本を薦める、というのとはちょっと趣が違っている。ここで挙げられるのは著者自身が人生の中で出会ってきた本たちだ。「本と出会うとはどういうことか」、「人は本から何を得ることができるのか」といった問いについて、著者は自身の実体験を通して若い読者に訴えかける。その姿勢はどこまでも真摯であり、誠実であり、それゆえに「若い人」に対しても妥協がない。二三か所、引用してみよう。

 孤独、これが鍵。なぜなら、現実的に君が何歳なのかはわたしは知らないのだけど、人生で君がいるこの時期こそ、まさに孤独を学ぶ時期であるからです。「孤独を学ぶ」、なかなかすごい表現で、書いたわたし自身もすこしびっくり。でも、そう思いますね。およそ一〇代のころ、誰もが孤独を学ぶ。学校で知識として学ぶのではありませんよ。誰かに教えてもらうのでもありません。赤ちゃんのときからずっと続いてきた心身の成長のプロセスの最後に、まるで仕上げであるかのように、孤独であることを学ぶ。

(「第1章 孤独を学ぶ」、42-43頁)

 

 学校という場にいると、いつもあらかじめ用意されている「正解」に辿り着くように強要されるわけですが、人にとっていちばん大事なことは、「正解」が与えられていない、あるいは「正解」がない「問い」を問うことです(強調は原文傍点)。もちろん、ただいたずらに、「問い」を発すればいいというものではありません。あくまで自分の、自分だけの「感覚」から出発して、自分にとっての真正な「問い」を問うことが大事です。そのような「問い」を生きることは、どうしても「激しさ」を伴う。なにしろ「正解」がないんですから。でも、問わずにはいられないですね。

(「第4章 未完成な生を生きる」、109-1101頁)

 

  ついでに言っておくと、本とは、まさにこの一生続く「人間であること」の学びのためのものなのです。いいですか、本から学ぶのは、知識なんかじゃない。そんなものどうでもいい。学ぶべきことは、ただひとつ「人間であること」、それをすでに「人間」である君が果てしなく学び続ける。それだけが人間にとって唯一のほんとうの「義務」なのです(強調は原文傍点)。

(「第5章 死んではいけない」、131頁)

  取り上げられる本はオースター『幽霊たち』、パスカル『パンセ』、中原中也矢内原伊作ジャコメッティとともに』等々。著者の言葉を聞いているといずれも(とても)面白そうに見えるし、私も本書を読んでル=グウィンの『ゲド戦記』を読みたくなった。

 もちろん、そうして「若い人」に本との出会いがあれば素晴らしいことだけれど、でも注意しなければいけないのは、読む前に期待したものが実際の読書から得られるとは限らないということだ。期待が高ければ高いほど、そういうことは起こりえる。現に私は大学生の頃に『影との戦い』を読んだけれど、それほどの感銘を受けた記憶はない。もちろんそれは私が未熟だったに過ぎないにしても、当然のことながら、誰が読んでも同じように影響力を持つ本など存在しない。なにより、読書は個別的で一回的な体験であるということこそが、本書を読んでいて理解されることに他ならないのだ。本との出会いも一期一会である。

 本書は、読書から人はかくも多くのものを引き出すことができるのだということの見事な実例だ。この本から本当に学ぶべきはそのことだと思う。本を読むということは、とてもスリリングで、予想を超えていて、自己の世界を大きく揺るがす何事かでありえるし、そうであるべきものだ。

 未知なもの、いまだ知らざる何ものかへ向かって自己を投げ出すこと。本書の著者は全力を込めて、そうした冒険へ乗り出すようにと若者を駆り立てている。

 

 今のフランスの歌謡界には Star Academy, Nouvelle Star, The Voice といった勝ち抜き歌合戦番組出身の歌手がたくさんいるが、Jenifer ジェニファーは第1回のスター・アカデミー優勝者 (2002) なので、いわばその元祖。

 彼女の2018年の曲 "Comme c'est bon"「なんて素敵なの」の歌詞が、なんだか今の confinement 外出規制の後のことみたい、と思ったのでビデオを観たら、同じようなコメントをしている人が何人もいて、なるほどと思った。

www.youtube.com

Si tu savais comme c'est bon

De pouvoir te revoir

Pouvoir te parler

De te toucher

Si tu savais comme c'est bon

De pouvoir te revoir

Pouvoir t'enlacer

Et t'embrasser

("Comme c'est bon")

 

あなたが知っていたら なんて素敵なの

あなたにまた会えること

あなたに話せること

あなたに触れること

あなたが知っていたら なんて素敵なの

あなたにまた会えること

あなたにからみついて

抱き合えること

(「なんて素敵」)