えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

65編の偽作

英訳モーパッサンの偽作について、これまでに調べた人がいなかったわけでは
全然ない。大西忠雄(春陽堂全集3巻)が紹介しているのがアメリカの
「ステーングミュラーが1950年に行った調査」だ。
なるほどそうか、と思ってはみるが「ステーングミュラー」がどんなスペルか分らずに
けっこう苦労したりして、頼むから書いといてくれよと悲鳴が漏れる。
しかしどうにか見つけ出し、そして本日届いた本が以下。
Francis Steegmuller, Maupassant, London, Collins, 1950.
なおこれは前年にアメリカで出たもののイギリス版のもよう。
これは「ステーング」ではなくて「スティーグ」ではないだろうか。と言ってみても空しいので
それはよくて、しかし英語で書かれた伝記とは、さすがにフランス人の挙げる文献には出てこない
厄介な代物であった。ちなみに古本屋値段は400円ほど。送料のほうがうんと高いところが
これまた哀しい。
しかししかし、このスティーグミュラー氏には教えられるところ大であった。
補遺に付された「65編のモーパッサンの偽作」の章(p. 319-326)による概略は以下の通り。
まず20世紀頭までは、英米のモーパッサン紹介は長編と一定の短編に限られていて
「お下品」な作品が多すぎるとみなされていたらしい。そこに登場したのが胡散臭い
Walter Dunne であり、彼が17巻の作品集を出版した。これには豪華版含め幾種類かの
版がある由。ここまではいい。問題は次だ。
ある種の「版」には出版人の名前がダンではなく、The St. Dunston Society, London and New York
と記されている。ダンスタンではなくダンン。
研究者のみるところ、商業目的で自分の名前を豪華に見せたんだろう、とのこと。なんだそりゃ。
しかしダンはその後倒産、代わって出版を引き継いだのが、オハイオの Wener Publishing Company
で、これが The St. Dunstan Society, Akron, Ohio の版となる(この辺が意味不明だな)。
このダンスタンの版は1912年頃まで販売されたが、ここも倒産した模様。
というのがスティーグミュラー氏見るところの一連の物語である。
ま、要するにダンダンスタンの版の中身はおんなじものである、ということはこれで
間違いなし。よかったよかった。
さて、この版にはたくさんの偽物が紛れていたわけだけれど、研究者はその総数を
65としている。そして、この偽物は以降もあちこちの中小出版社の手によって繰り返し
出版されることになった。1947年にはまだ出ていたとのことだが、今現在も出ているんだから
驚くには当たらない。「私が調査するまで誰も疑問にも思わなかった。アメリカにおける
モーパッサン誤解をよく示唆している」とはスティーグミュラー氏のお怒りの言葉である。
どうして、何故これら偽物が紛れ込んだのか。それらの真の著者は誰なのか。意図的な
モーパッサン贋作なのか、あるいは間違って紛れただけなのか。これらは全部ミステリー
であって、それを解明するには大変な努力が必要だろう、とこの時点で研究者は述べている。
果たして英米の研究者は誰かその後、この問題を調査したのだろうか。
それはともかく、ありがたいことにスティーグミュラーは65編の偽作をすべて挙げてくれている。


さて、どうしてくれようか。
とここで私は思うのである。今日まで、どれが偽作でどれが真作かと調べる
のに結構苦労したのがアホらしい徒労であったようなものだが、これは仁和寺の和尚さん
みたいなもので、ちゃんと調べなかった怠慢がいかんのだから文句を言ってもしょうがない。
ま、この世の大多数の人には何の意味もないだろうけど、どこかに私のような徒労を繰り返す
人がいるかもしれないので、引用という形で全部掲載することとしたい。
みなさん、もう騙されてはいけませんよ。

Œuvres faussement attribuées à Guy de Maupassant
Liste faite par Francis Steegmuller, in Maupassant, Londres, Collins, 1950, p.323-325.


1. Babette (Babette)
2. Mamma Stirling (Mama Stirling) le vrai auteur est René Maizeroy
3. Lilie Lala (Lilie Lala) Maizeroy
4. The Bandmaster's Sister (Lucie)
5. The Mountebanks (Les Jongleurs)
6. Ugly (Difforme)
7. The Debt (Fanny)
8. The Artist (L'Artiste)
9. False Alarm (L'Epouvante)
10. The Venus of Braniza (La Vénus de Braniza)
11. La Morillonne (La Morillone)
12. The Sequel to a Divorce (Rencontre)
13. The Clown (Le Scapin)
14. Mademoiselle (Mademoiselle)
15. The Man with the Dogs (L'Homme aux Chiens)
16. In Various Roles (Wanda)
17. Countess Satan (Comtesse Satan)
18. A Useful House (Finesse)
19. The Viaticum (Viaticum)
20. The Hermaphrodite (L'Hermaphrodite) Maizeroy
21. Violated (Violé)
22. Ghosts (Le Noyé)
23. The New Sensation (Parisine)
24. Virtue (Chasteté)
25. The Thief (Le Voleur) Maizeroy
26. In Flagrante Delictu (In Flagrante Delictu)
27. On Perfumes (Les Parfums)
28. In His Sweetheart's Livery (Irma)
29. The Confession (Confession)
30. An Unfortunate Likeness (Similitude)
31. A Night in Whitechapel (Une Nuit)
32. Lost (Craque)
33. The Relics (Vieux Objets)
34. A Rupture (Lalie Spring) aucune relation avec l'œuvre de Maizeroy
35. Margot's Tapers (Noces de Margot)
36. The Accent (L'Accent)
37. Profitable Buisiness (Charité)
38. The Last Step (Une Ruse)
39. A Misalliance (Mésalliance)
40. An Honest Ideal (Désabusée)
41. Delila (Delila)
42. The Ill-Omened Groom (Zoë)
43. The Odalisque of Senichou (L'Odalisque de Senichou)
44. The Real One and the Other (Mlle. Dardenne)
45. The Carter's Wench (Glaizette)
46. The Carnival of Love (Carnival d'Amour)
47. The Man with the Blue Eyes (L'Homme aux Yeux Bleus)
48. A Good Match (Angélique)
49. The Old Maid (Marie des Anges)
50. The Marquis (Le Marquis)
51. A Deer Park in the Provinces (En Campagne)
52. An Adventure (Une Aventure)
53. The Jennet (La Genêt)
54. Under the Yorke (Wanda Pulska)
55. A Fashionable Woman (Goldskind)
56. The Upstart (Le Parvenu)
57. Happiness (Le Bonheur)
58. The White Lady (La Dame Blanche)
59. Wife and Mistress (Imprudence)
60. Sympathy (Compassion)
61. Julot's Opinion (Julot)
62. The Lancer's Wife (La Revanche)
63. Caught (Valeska)
64. Jeroboam (Jeroboam)
65. Virtue in the Ballet (Henriette)


表中にあるとおり、うち4編はスティーグミュラー氏がルネ・メズロワのものと発見している。
メズロワという人はモーパッサンと同じ時期に同じような活躍をした人で、Gallicaを見ると
あるわあるわの29作品も挙がっている。ありがたいことだけれど、この中から該当の作品
を探すなんて、考えただけでもげんなりする。
でもがんばって探せば、他の偽作も見つかるかもしれない!
ということで私はめげずにがんばるわけだが、その結果はまた後日に。