えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

思い出

Souvenir, 1882
ジル・ブラース、2月16日、モーフリニューズ。シュミット版に初収録。
『ラレ中尉の結婚』をリライトした作品。後に『大佐の考え』でもう一度取り上げられる。
作品の語りは「私達」が中心になっている。物語の筋はほぼ同じまま進行するけれど、
中尉はもはや名指しもされず、「指揮官」と呼ばれる彼は Nom de Dieu ! が口癖の
ごく平凡な人物以上には描かれない。
敵兵を倒す場面が詳しく書かれる点が異なっており、反対に一隊の到着後の場面は簡略化され、
華々しさのようなものが削除されている。兵士達が叫ぶ「共和国万歳!」の叫びも、
フォレスチエも指摘するようにいささか場にそぐわないものとなっている。
つまり、元の作品にあった大仰さ、誇張されたものが削除され、具体的な描写が詳しくなされる
ことで、物語全体の「本当らしさ」が格段に増している上に、(作者と異なる)語り手の設定と
過去の追想という時間的距離が、愛国主義的な調子を遠ざけ、より「客観的」な叙述を成すに至っている。
というようなことは、「予測範囲済み」と言えないこともないのではあるけれど、
作者の美学と技法の変遷を明確に見てとることができるのは確かである。
さらに注目しておきたいのは結末だ。

 十二年が流れました。
 先日、劇場で目にしたブロンドの若い女性の繊細な顔立ちが、私の内に混乱した思い出を、とりついていながら定め難いある思い出を目覚めさせたのでした。やがて私はこの女性の名前を知りたいという欲望にひどくかき乱されたので、皆にそれを訊いて回りました。
 誰かが言ってくれました。「あれはL子爵夫人、ルフェ伯爵の娘ですよ」
 そして、あの戦争中の夜についての細部が記憶の中に立ち上ってきて、それがあまりに鮮明だったので、ただちにそれを語って聞かせたのです。彼がそれを書き記して公衆に示せるように。その相手は私の隣に座っていた友人で、彼が署名します。
モーフリニューズ
(366ページ)

これまたうまく訳せないけれど、要するにモーフリニューズが聞き書きした内容ですよ、という例のお約束である。
お約束ではあるけれど、しかしここまで来ると約束の域を超えることになるのではないか。
当時、新聞でこの一文を読んだ読者のどれほどがこれを純然たる「創作」だと考えただろう。
その数はとても少なかったように私には思われる。
フィクションとノンフィクションの境界はここでは完全に融解してしまっている。内容・形式双方にわたっての
「本当らしさ」に対する徹底した配慮がそれを可能とした。
それはそうと、この最後のほのめかしによって(のみ)物語中の老人と少女とが
実は高貴な身分の人物だったということが分かるように、この作品ではなっている。
ほんとに同じ人間が書いたんだろうか、と思わせるくらいに、モーパッサンの技術の熟達ぶりには
目を見張るものがある。