えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

ピエール・ボレルに文句をたれる

ところで本日、本業においてびっくりな発見をしたのであるが、
大変マニアックなネタであるし、職務上黙っておくべきかもしれないながら、
ここに勝手に放言しておこう。
問題は、
Pierre Borel, Le Destin tragique de Guy de Maupassant, Editions de France, 1927
という本であり、ここに初めて
モーパッサン70年代戯曲『リュヌ伯爵夫人の裏切り』La Trahison de la Comtesse de Rhune が掲載された。
元となったのは「プチ・ブルー」こと旧友レオン・フォンテーヌが所持していたらしい
モーパッサン自筆原稿である。
で、ここに脇役のスザンヌ・デグル Suzanne d'Eglou という人物がいる。
ところが、この名前の表記が間違っているということに気づいたのだ。
問題は次の詩句にある。

             Et Suzanne d'Eglou,
Sa cousine ?


LUC DE KERLEVAN
       As-tu donc le cou tellement long
Que tu veuilles le faire abattre avec la hache ?
(p. 111)

つまり、Eglou は long と韻を踏まなければならないので、ここは本当は
Eglon すなわち、デグルではなくデグロンが
彼女の名前でなければならないのだ(それでもモーパッサンの韻は多少破格だけど)。
(傍証もあるので間違いないんだけど、細かいことは省略。)
ピエール・ボレルという人はきわめて胡散臭い人物で、貴重な資料を色々手にしながら、
実証が極めて曖昧かついい加減なことで、その筋ではたいそう悪名高いのであるが、
こんなとこでポカしてくれてるとは今日まで気づかなんだ。これでもうこの版には全然
信用がおけないということが確定したようなものであるが、しかし原稿の所在は
現在まで不明なままで、今でもこれが定本としてその後の版は全部これを踏襲している(はず)。
うーむ。
ま、デグルがデグロンだったからといって、すぐさま何が変わるわけでもないので、
こんなのは本当に些細な事柄ではある。しかしテクストの校訂(まして自筆原稿なれば)は
地味ながら馬鹿にできない大変大事な仕事であることに、改めて思いを馳せる次第。
拙訳もいずれ修正することにしたいと思う。