えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

第三の書

ラブレー『第三の書』宮下志朗訳、ちくま文庫、2007年
ようやく読了。膨大な量の注釈に思いのほかてこずったか。
第一、第二の書にはなんだかんだ言っても福音主義の思想(に付随するソルボンヌ批判)
の啓蒙的意図ははっきりしているのだけれど、十年後の第三の書では影を潜めた感がある。
不穏な時代を反映しているのでもあろうし、一方で作家ラブレーの成熟を感じさせる
のだけれど、結果的には作者が何を言いたいのかが不鮮明というか訳が分からなくなり、
その結果として多様な解釈を許すような「開かれたテクスト」に仕上がっている
ような印象を受ける。
コキュになるか否かという滑稽な主題を軸に、ギリシャ・ローマの多様な古典を引用
注釈する本作には、あらゆる古代の知を網羅せんとする百科全書的な意図が窺える
はずなのだけれど、なにせ手当たりしだいに博識がぶちまかれるので、作者に本当に啓蒙の
意識があったのかどうか訳が分からなくなる。むしろ印象としては、作者は古典の
大海を自由に泳ぎ回る、そのこと自体を楽しんでいるかのようだ。
ラブレーは古代の知を滑稽と諧謔にまぶして語っているのではないと思う。
そうではなく、彼にとっては「知」そのものが喜びであり、そして「知」こそが
生を豊かにするものである、そういう確信に彼は貫かれている。主題の貴賎など
ものともしない豪放さと自由さとは、あらゆる人間的「知」にはそれ自体、生と
無縁なものは存在しないという信念によってもたらされるもののようだ。
第三の書を読むと、ルネサンスの時代に古典の発見がもたらした知の喜びが
どのようなものであったのかを感じ取れる。
そしてそれこそがユマニスムというものの根本に他なるまい、
のではあるが、なにせ教養のない人間には、ただただ作者の博識ぶりに驚倒するよりないのではあった。